【鬼頭心理研究所】10話2024年01月10日 08:00

〇鬼頭心理研究所・外
「臨時休診」の貼り紙が貼ってある。

〇同・受付
蝶子の姿が見えるが消える。
誰もいない。

〇同・カウンセリングルーム
繍の姿が見えるが消える。
誰もいない。
さゆり、窓を開けて空気を入れ替える。

〇同・受付
さゆり、パソコンの電源を入れる。
メールと着信の履歴をチェックし、お詫びのメールや電話をしている。

〇タイトル

〇病院・病室(夕方)
繍、ベッドで寝ている。
蝶子が隣に座っている。
さゆり「蝶子さん、先生まだ寝てるんですよ。寝すぎですよね」
蝶子「そうですね。でも今回は特に大変な仕事でしたし、今は寝かせておいてあげましょう」
蝶子が優しく微笑む。
蝶子の姿が消える。
さゆり、泣く。
さゆり「このまま目を覚まさなかったらどうしよう」
背中に夕陽が当たり、繍の顔を見ると夕陽が当たっている。
さゆり、立ち上がってブラインドを閉めようとするが、夕陽に見とれる。
さゆり「きれい・・」
さゆり、病室を振り返る。
さゆりの影が伸びている。
さゆりM「あれ、これってどこかで・・」

〇広場(20年前・回想)
誉(12)、繍(10)、さゆり(5)が影を見ている。
前に行ったり、後ろに行ったりしながら、影で背比べをしている。
繍、しゃがんでさゆりの背丈に影を合わせる。
さゆり、繍に抱きついてじゃれる。
さゆり「大きくなったらチューと結婚する」
繍「やめろよ、くすぐったいだろ」
繍が笑う。

〇病院・病室(夕方)
さゆり「嘘・・私、子供の頃先生と誉さんに会ってたんだ・・」
繍「う・・」
繍がうめき声を出す。
さゆり、駆け寄る。
さゆり「先生、大丈夫ですか?」
繍「あ~いってぇ・・」
さゆり「あ、今ナースコールしたんで。すぐ痛み止め打ってもらいましょう」
繍、さゆりを見る。
繍「さゆり?」
さゆり、何度もうなずく。
繍「・・愛してる」
さゆり「え?」
さゆりが呆然とする。
繍が目を閉じる。
看護師が入ってくる。
看護師「どうしました?」
さゆり「あ・・今さっき意識が戻って、痛がってたんで押したんですけど・・また目閉じちゃいました・・」
看護師「わかりました。鬼頭さ~ん、聞こえますか? 鬼頭さ~ん ・・ダメですね。また目が覚めて痛がってたら教えてください」
さゆり「はい、ありがとうございます」
さゆり、呆然としたまま、ゆっくりと椅子に座る。

〇誉のマンション・リビング(夜)
さゆり、呆然としている。
X X X
(フラッシュ)
繍「・・愛してる」
X X X
さゆりM「ダメ・・先生の顔と声が頭から離れない。頭では分かってる。ダメだって分かってる。けど・・」
スマホが鳴る。
誉からのメッセージ「今日も遅くなるから、先に寝てて」
さゆり、両手で顔を覆い、ため息をつく。

〇病院・病室前
正、廊下に立っている。
警察官2名が病室から出てくる。
警察官A「鬼頭警部。ご協力ありがとうございました」
正「いや、うちのが迷惑かけたね。ご苦労様」
警察官2名、正にお辞儀をして去っていく。

〇同・病室
正、入ってくる。
正「繍。疲れただろ。ありがとな」
繍「いや、大丈夫。俺が知ってること話しただけだし。涸沢、亡くなったんだな」
正「ああ。雷で近くの木が倒れて。事故だった。さゆりさんと蝶子さんがいなかったらお前も死んでた」
繍「うん。ごめん。さゆりの写真で脅されて・・つい」
正「言ったろ。ずる賢い連中だって」
繍「途中まではうまくやってるつもりだった。涸沢も救いたかったんだ。でも・・ダメだった」
正「今回のことで、蝶子さんが故障した。誉君の会社も、そのことで大事なプロジェクトが延期になったそうだ。さゆりさんも一歩間違えたら死んでた。何よりお前が死にかけた。お前がやったことは、そういうことだ」
繍「・・ごめん」
正「起きてしまったことは仕方ない。お前が無事で良かったよ」
繍「涸沢の組織は? 犯罪の証拠はあそこに残ってたんだろ?」
正「そのことだが、雷の影響であそこの顧客情報や麻薬取引のデータは残ってなかったそうだ。クラウド上にあるはずのデータもなぜか消えていた。今回の件は、落雷の影響で木が倒れ、完全予約型レストランの建物の一部が壊れたと報道発表された。涸沢の死亡については伏せられた。両親に涸沢の死亡を伝えたが、『死んでくれて良かった』と言われたよ」
繍「・・なんだよ、それ。悲しすぎる」
正「ああ。辛い。同じ親でもそういう人間がいると知っているが、それでも理解はできないよ。私はお前が生きていてくれて良かったと思っている。もう一度話せて良かった。お願いだからもう無茶なことはしないでくれ」
繍「うん・・父さん・・本当にごめん」

〇HKロボティクス・会議室
誉と社員数名、座っている。
誉「進捗状況教えてください」
社員A「プログラムの修正を行いました。安全装置解除については、起動後の解除はできないように変更しました」
社員B「新素材の件ですが、まだ融解時のシュミレーションが全て終わっていないため、形や角度について検証中です」
社員C「他のリスクについては、こちらの表にリストアップしてあります」
誉「ありがとう。修正後のプログラムデータとリスクのリストは後で送ってくれ。引き続きよろしく」
誉、立ち上がり出て行く。

〇病院・廊下
繍の笑い声が聞こえる。
さゆりのスマホが鳴る。
誉からのメッセージ「今日は早く帰れそうだから、病院に行くよ。一緒に帰ろう」
さゆりが「OK」のスタンプを押す。

〇同・病室
繍、政子と笑顔で話している。
繍「あいつさ、顔ばっかり殴りやがって。完全にひがみだよな」
さゆり、ノックをして入る。
さゆり「外まで笑い声聞こえましたよ」
繍「おう、さゆり。悪かったな。色々迷惑かけた。ごめんな」
さゆり「ホントです。こっちが死ぬかと思いました。あ、そうだ。先生ごめんなさい。赤鬼逃がしてしまいました」
繍「そんなこと謝らなくていい。お前がいなかったら俺は死んでたんだから」
政子「ホントよ~ さゆりさんは命の恩人。でも良かった、意識が戻って。もうこんな無茶しないでよ」
繍「うん。反省してる」
政子「もう、口ばっかなんだから。昔からケガするの得意だもんね。今回のは今までで一番だけど」
繍が笑う。
政子「さゆりさん、私、一旦帰るわ。家のこともあるし。もう繍ちゃんは大丈夫でしょ」
さゆり「色々ありがとうございました」
政子「ううん。お礼を言うのはこっち。本当にありがとね」
さゆり「あ、誉さんこの後来るみたいですよ」
政子「そうなの? あ~、でも私もまたすぐ来るから。じゃね」
政子が出て行く。
さゆり、繍と目を合わせない。
さゆり「あ・・誉さん来てるかも。私、ちょっと見てこようかな」
繍、さゆりの腕をつかむ。
繍「ちょっと待て。なんか変だ。俺の目を見ろ」
さゆり、戸惑いながら繍の目を見る。
繍「何があった?」
さゆり「・・えっと、昨日目が覚めたの、覚えてます?」
繍「ああ、ぼんやりと。あんまちゃんと覚えてないんだよな」
さゆり「ですよね? そう。昨日先生寝ぼけてて、私を綺華さんと間違えたんです」
繍「・・俺、何か言ったのか?」
さゆり「あ、その、『愛してる』とか? もう、間違えるなんてひどい。綺華さんと私じゃ全然違うじゃないですか。私なんかと間違えちゃ、綺華さんかわいそうですよ」
さゆり、笑って繍から手を放そうとするが、繍が離さない。
繍「ごめん、俺、それ、間違いじゃない」
さゆり、涙目で首を振る。
さゆり「先生、それ、言っちゃダメなやつ。お願い・・」
繍、さゆりの目を見る。
繍「言わないつもりだった。でも間違いじゃない。さゆりを愛してる」

〇同・病室外
誉、扉に手をかけたまま立ち止まって聞いている。
病室に入らず、スマホを操作しながら戻っていく。

〇誉の車・車内
誉、車に乗る。
屋代「あれ? 社長、どうしたんですか?」
誉「屋代さん、家までよろしく。気が変わった」
屋代「・・わかりました」
誉が険しい顔をしている。
屋代、バックミラー越しに心配そうに見る。

〇同・病室
さゆり、ベッドに顔をうずめて泣いている。
繍、さゆりの頭をなでている。
繍「ごめん、困らせるつもりはない。いいんだ。誉のことが好きなんだろ。分かってるからさ。ていうか、振られたの俺だから。お前が泣くなよ」
さゆり「分かってない。先生は全然分かってない。私がどんな思いで先生のことを諦めたか、誉さんと付き合うことを決めたか、全然わかってない」
繍「諦めた?」
さゆり「だって先生、綺華さんと付き合ってたじゃん。私、見てるの辛すぎて、だから、先生のところ出て行こうって思って・・」
繍「ごめん、俺バカだからちゃんと分かるように言って」
さゆり「もう、ホントにバカ。先生のことが好きだって言ってるの」
繍「なんだよ、さっさとそう言え。え? そうなの?」
さゆり「何、その言い方、やっぱり今の撤回。やっぱり好きじゃない」
繍「なんだよ、それ。あ~腹立ってきた」
繍、さゆりを抱き寄せる。
さゆり「ちょっ、やめて」
繍「じゃあ、お互い好きってことじゃん。それに・・気付いてる? 俺、じんましん出てないの」
さゆりが頷く。
さゆり「私、昔先生に会ってた・・」
繍「俺も思い出した。1人だけ触っても大丈夫な女の子がいた・・」
さゆり「多分私、『結婚する』とか言ってたと思う」
繍「俺、今すっげぇさゆりとキスしたいと思ってる・・」
二人、視線が絡まる。
顔を近づけるが、さゆりが顔を背ける。
さゆり「・・ごめん、でもやっぱ無理。誉さん裏切れない」
さゆり、ゆっくりと体を離す。
ノックの音。
看護師が入ってくる。
看護師「面会時間そろそろ終わりですよ。鬼頭さん、お食事準備お願いしますね」
さゆり「すみません。すぐ帰ります」
さゆり、繍の方を見ずに逃げるように病室から出て行く。

〇道~とある公共施設前(夜)
さゆりがスマホを見る。
誉からのメッセージ「ごめん、仕事が長引いてて今日、病院には行けそうもない。直接家に帰る」
さゆり、泣きながら歩いている。
X X X
(フラッシュ)
繍、さゆりの目を見る。
繍「言わないつもりだった。でも間違いじゃない。さゆりを愛してる」
繍、さゆりを抱き寄せる。
繍「じゃあ、お互い好きってことじゃん」
二人、視線が絡まる。
X X X
さゆりM「大丈夫。今は動揺してるだけ。すぐに治まるから。先生は過去。もう振り返らない。今の私は誉が好き。もう先生は好きじゃない」
とある公共施設の前で立ち止まる。
さゆり「懐かしい・・」

〇とある公共施設・女子トイレ(夜)
さゆり、涙を流すため顔を洗う。
X X X
(フラッシュ)
黒い涙を流しながら不気味な顔で笑う繍。
X X X
さゆり、笑いだすが、次第に泣き出す。
もう一度顔を洗う。
さゆり「もう、全然終わんないじゃん」

〇誉のマンション・リビング(夜)
誉、ソファに座っている。
さゆり「ただいま」
さゆり、入ってくる。
誉、さゆりの泣き顔に気付くが、気付いていないフリをする。
誉「おかえり、さゆり。ご飯まだでしょ?」
さゆり「うん」
誉「和泉、よろしく」
和泉「かしこまりました。すぐ支度いたします」
さゆり、誉の横に座り、腕を絡める。
誉、さゆりの頭をなでる。
誉「今日、病院行けなくなっちゃってごめんね。どうだった?」
さゆり「うん、繍さん、意識戻ったよ。全然元気だった」
誉「そっか、よかった」
さゆり「ねえ・・」
誉「ん?」
さゆり「今したい、ダメ?」
誉「何かあった?」
さゆり「ううん。久しぶりにこんな時間に会えたから嬉しくて。私を誉でいっぱいにしたい」
誉、さゆりの目を見つめ、キスをする。

〇HKロボティクス・社長室(翌日)
誉、考え事をしている。
悦子、ノックをして入ってくる。
悦子「捺印お願いします」
誉、無言で捺印する。
誉「お待たせ」
誉、書類を悦子に渡す。
悦子「おい」
誉「?」
悦子、社長室のドアを閉める。
悦子「顔が死んでるぞ。どうした? 悦子様のお悩み相談室開こうか?」
誉「あ~ そういうの、いいわ。人の意見とか興味ないし」
悦子「出たよ。ワガママ王子」
誉が吹き出す。
誉「なに、それ? 新しいあだ名?」
悦子「やっと笑った。何? うまくいってるんじゃないの? 例の彼女と」
誉「う~ん、そうなんだけどさ。彼女、他に好きな男、いるんだよね」
悦子「何それ」
誉「あ、彼女が言ったわけじゃないよ。他に好きな男がいても、一生懸命僕のことを好きになろうとしてくれてる」
悦子「・・やめなよ、そんな子」
誉「知ってたんだ、彼女の気持ちは。僕は元々応援するつもりだった。でも今は、渡したくないって思ってしまっている」
悦子「・・珍しいね、誉がそんなに一人の子に執着してるの、初めて見たかも」
誉「僕だって初めてだよ。正直戸惑ってる。昔の自分が思い出せないんだ。なんであんなにすぐ終わりにできたのか。これが恋愛だとしたら、こんなに苦しい思いをみんなしてるんだろうか」
悦子「・・たぶんね」
誉「(苦笑い)すごいな、みんな」
悦子「『愛せるって素晴らしい』みたいなこと言ってたじゃん。でも今感じてる嫉妬とか、やるせなさって多分それとセットだと思う。それだけ彼女のこと、好きだってことじゃないの? 良かったじゃん。人を愛せることが分かって」
誉「それ、今言う? 少しくらい優しくしてよ」
悦子「ハハハ、恋愛を舐めきってたアンタに今までの行いの報いが来てるのよ。もう少し苦しめ。ま、アンタが振られたら慰めてやるわよ」
誉「分かった。その時はよろしく頼むわ」
悦子「じゃ、行くわ。あ、ドア。閉めとく?」
誉「ああ、お願い」
悦子、ドアを閉め、目をつぶりため息をつく。
顔を上げ、歩き始める。

〇病院・病室
さゆり、顔だけ入れて繍を見る。
さゆり「先生、起きてる? お見舞い来ました」
繍、さゆりの方を見る。
繍「おう、さゆりか」
さゆり、入っていき、ベッドの上に単行本、雑誌を並べる。
さゆり「暇じゃないかな~と思って、本とか、雑誌とか持ってきましたよ。他に何か欲しいものあります? 言ってもらえば持ってきますよ」
さゆり、笑顔で繍の方を見るが目を合わせてはいない。
繍「なあ」
さゆり「え? 何かあります? リクエスト」
繍「なかったことにするつもりなのか? 昨日のこと」
さゆり「昨日? 何のことですか?」
繍が舌打ちする。
繍「そういうの、やめろよ。逃げんな」
さゆり「何言ってるの? 私、誉さんと付き合ってるんだよ。一緒に住んでる」
繍「じゃあ、昨日俺のことが好きだって言ったことは? それもなかったことにするのかよ」
さゆり「・・もう遅いの。あれは過去の話。今私が好きなのは誉さんだから」
繍「じゃあなんでそんな顔してんだよ」
さゆり「そんな顔ってどんなよ」
繍「何かを我慢してる顔。辛そうな顔。好きな奴と住んでるんだったら、幸せそうな顔してろよ」
さゆり、笑顔を作る。
さゆり「これでどう? 幸せだよ、私」
繍「やめろ。自分には嘘つくな。そんな顔見たら、奪いたくなるだろ」
さゆり「やめてよ、何も知らないくせに。私の世界を壊さないで」
繍「なんでだよ。お前が壊したくない世界ってどこにあんだよ。そんなに我慢して、それでも壊したくない世界ってどんな価値があるんだよ」
さゆり「傷つけたくないの。私、すごい辛い時に誉さんに優しくしてもらった。本当に救われたの。そんな人を裏切るなんてできない」
繍「じゃあお前はずっとそうやって我慢して生きていくつもりなのか? 自分だったら裏切ってもいいのか?」
さゆり「私は! お母さんと約束したの。危険な仕事をしない。穏やかで優しい人と結婚するって・・誉さんと別れたら、お母さんも裏切ることになる」
繍「なんだよそれ。死んだ母親と約束したからってお前、誉と付き合ってるのか? 失礼すぎんだろ、誉にも、自分にも」
さゆり「先生に言われたくない。私は、これで幸せになるの。大丈夫。誉さんのこと、これからもっと好きになるから。先生なんか忘れちゃうくらい、誉さんのこと大好きになるんだから」
繍「死んだ母親を言い訳にして自分を守ってるだけだろ。自分で自分に呪いをかけるな。亡霊なんかの言うことを聞くな。死んだ奴は、そこで時が止まってる。生きてれば、考えも変わる。言うことも変わる。でも、それでいい。お前の母親の本当に言いたかったことは、なんだ? お前に『幸せになってほしい』だろ。表面上の言葉に惑わされんな。いいか、もう一度お前の中にいる母親とちゃんと話をしろ。あの時言ったことはどういう意味なのか、さゆりは今どうしたいのか、話せ。俺は、お前の母親がどんな人かよく知らん。けど、俺だったら、すっげえ大切な人が自分の言った言葉で苦しんでたら『違う、そういう意味で言ったんじゃねえよ』て訂正すっけどな。お前が自分の心に従って動けば、誰もなんも言わねえだろ」
さゆり「もうやめて・・」
繍がさゆりを抱き寄せる。
繍「ごめん。責めてるわけじゃない。俺、さゆりのことが好きだ。さゆりは過去っていったけど、今のお前を見てるとそんな風に思えない。ほら、俺自己中だからさ。勘違いならごめん。誉のことが好きなら、それはそれでいいんだ。でも、お前がもし、今も俺のことが好きなら、一緒に誉に話そう。時間はかかるかもしれないけど、きっと分かってくれる。大丈夫。心配するな。俺、今のお前を見てると、諦められない」
さゆりが体をゆっくりと離す。
さゆり「お願い。誉さんには言わないで。私のことを愛しているなら、そっとしておいて。ここにももう1人では来ない」

〇HKロボティクス・会議室
誉と社員数人、座っている。
誉「みんな、ありがとう。これでなんとか報告できそうだ」

〇経産省・会議室
守、報告している。
守「今回の件では大変ご心配とご迷惑をおかけしました。あの件をきっかけに安全対策を大きく見直し、改善いたしました。ハード・ソフト両面から対策をいたしましたので、もうこの前のようなことは起きません。加えて万が一転倒した際の安全策も今回改良いたしました」
経産省職員「ありがとうございます。この短期間でよくここまで対策を考えていただいたと驚いています。こちらでも検証いたしますので、2か月程度の延期で済みそうですね。ご苦労様でした。また検証結果はご連絡いたします」
誉と守、頭を下げる。
職員が出て行く。

〇誉のマンション・リビング(夜)
誉、ソファに座っている。
さゆり、マグカップをテーブルに置く。
誉「結婚しようか」
さゆり「え?」
誉「前から考えてたんだよね。どうかな?」
さゆり、笑顔で誉に抱きつく。
無言で頷く。
さゆり、眉間にしわを寄せ、苦しそうな顔をしている。
誉、さゆりを抱きしめ、髪を撫でる。
誉が怒りの表情を見せる。

〇同・誉の寝室(夜)
雨の音。
雷鳴が聞こえる。
誉とさゆり、寝ている。
さゆり、横になっているが声を出さずに泣いている。
雷が光る。
誉の中に鬼が見える。

〇病院・廊下
誉が足早に歩いている。

〇同・病室
誉が入っていく。
誉「おい、繍」
誉、繍の胸倉をつかむ。
繍「誉? どうした?」
誉「どうした? ふざけるな。さゆりに何を言った? お前が意識を取り戻してから、さゆりの様子が変だ。ずっと我慢してた。お前がかわいそうだから。母親に捨てられて、人に触れると蕁麻疹ができて、年中長袖着てるお前がかわいそうだから、我慢してやってた。鬼が見えて、みんなにかわいがられて、可哀そうって言われてさ、僕がどれだけ惨めだったか分かるか? 鬼退治の家系に生まれたのに、鬼が見えないって屈辱だよ。でもお前が来るまではまだよかった。お前が来てからはお前があの家の中心になった。さゆりのことも、せっかくうまくいってたのに、お前のせいで、さゆりは・・」
繍「誤解だよ。俺は邪魔をするつもりなんてなかった。結果的にさゆりに俺の気持ちを伝えることになっただけだ。でも、ごめん。本当にそんなつもりはなかったんだ」
誉「知ってるよ。お前に悪気がないことは。でも悪気がないから何をしてもいいわけじゃないんだよ。お前なんていなければよかったんだ。いなくなればさゆりも諦めがつく」
誉、繍をベッドに押し付け、枕を繍の顔に押し当てる。
国政、匡、かよが入ってくる。
匡「誉? 何をしてる」
国政と匡、誉を引き離そうとするが、離れない。
国政が舌打ちをし、鬼刀を取り出す。
国政「匡、どいてろ」
匡「父さん、下に繍が」
国政「分かってる。大丈夫だ」
国政、鬼刀で誉を斬る。
赤い鬼が飛び出し、かよの頭に乗る。
誉、手を緩め、枕が落ちる。
誉、その場にしゃがみ込む。
呆然としている。
誉「僕は・・なんてことを・・」
かよ、匡から袋をもらい、鬼を入れる。
国政「繍、大丈夫か?」
繍、咳き込みながら
繍「大丈夫。俺が悪い」
匡がしゃがみ、誉に声をかける。
匡「誉、大丈夫か?」
誉、頷く。
国政「・・鬼にやられたな」
誉「・・鬼・・」
繍「誉・・今までごめん。そんな風に思ってたなんて俺、分かってなくて。でも、俺はずっと誉が羨ましかった。いつも冷静で、賢くて、誰に対しても優しくて、気配りができて・・自慢の従兄だった」
誉「がっかり・・しただろ」
繍「いや、嬉しかった。誉の声が初めてちゃんと聞けた気がする。俺のこと、そう思っててもおかしくない。だって実際、急にお前の生活に俺が入っていったわけだしな。けど、ずっとそれを言わなかったのは、我慢してくれてたのは、誉の優しさだと思う。さっき言ったこと、もちろん本音もあると思うけど、俺は、今までずっと誉が俺に対して優しくて温かく接してくれたことを知ってる。さっき一瞬言われたことなんて吹っ飛ぶくらい、俺は誉に対して感謝してる」
誉「繍・・ごめん。さゆりちゃんのことも、最初は二人の仲を取り持つつもりだった。二人が両想いだって知ってた。でも、いつの間にか、繍に渡したくなくなってた」
繍「いや、もう違う。今は誉が好きだからって振られたよ。あいつは、もうここには一人で来ないって言ってた」
誉「・・」
繍「それから、蝶子のこと、本当にごめん。父さんから聞いた。俺を助けるために、故障したって。会社も大変だったんだってな。ごめん。本当に迷惑かけた」
誉「いいんだ。逆に良かったって今は思ってる」
全員「・・」
かよ「・・仲直りできたみたいで良かった。事情はよく分かんないけど、どうせさゆりのせいなんだろ。悪いね、うちの孫が迷惑かけてさ。あ、娘もだった」
かよ、匡の方を見て笑う。
匡「かよさん、あのことはもう・・勘弁してください」
繍「え? なに?」
匡「さゆりちゃんのお母さんに俺が振られた話だよ」
国政「それを言ったら、わしもかよちゃんに何回振られたか。鬼頭家は龍女に片思いする運命なんじゃよ、きっと」
病室のテレビにCMが流れる。
テレビの音声「冒険家・小川尚は知っている」
かよ、国政、匡、テレビを見る。
繍「ん?」
繍と誉、つられてテレビを見る。
テレビの音声「世界一過酷と言われているヨットレース、それを支えているのは・・」
繍「どうかした?」
匡「最近戻ってきたんですね」
かよ「ああ」
繍「ん?」
かよ「さゆりの父親だよ」
かよ、テレビに視線を動かす。

〇テレビ画面
小川尚(55)、栄養ドリンクを片手に笑顔。

〇病院・病室
誉、繍「えーーーー!?」
繍「小川尚って確か、ずっと海外で活動してる冒険家だよな。この前20年ぶりに日本に帰って来たって・・」
かよ「ああ。さゆりを連れてヨットで世界1周するとか言い出して、しずかが離婚を切り出したんだ」
匡「私の・・ライバル・・」
かよ「何言ってんだい、あんたはとっくに政子さんとできてただろ」
匡「かよさん、誤解です。私の心は今でもしずかさん一筋です・・」
かよ「それはそれでどうかと思うよ」
誉「父さん・・」
匡「誉、いや、違うんだ。お前も俺と同じ立場だったら分かってくれるはず。ほら、さゆりさんだって同じだろ。なんというか・・一緒にいるだけで胸が高まってさ・・初恋の味? 永遠の恋人? 笑顔見てるだけでありがたみを感じるというか・・もはや女神。自分じゃ釣り合わないんじゃないかとか・・さ」
かよ・誉「・・(冷たい視線)」
匡「あ・・いや、違うんだ。違うんだよ・・」
国政「まあまあ、匡の言うことも少しは分かるだろ。それに、さゆりはなんというか・・あのしずかよりも元気がいい。わしだってお前がさゆりと付き合うって聞いた時、正直お前には手に余ると思ってた。さゆりはあのしずかとあの冒険家の娘だからな」
誉、笑いだす。
誉「・・なんかごめん、でも妙に納得した」
繍「俺ら、とんでもない子を好きになっちゃったのかも・・」
全員、笑う。

〇さゆりの部屋・リビング
さゆり、テレビをつけたまま、引っ越しの準備をしている。
テレビには冒険家の小川尚が映っている。
アナウンサー「冒険家の小川尚さんが、このたび世界1周ヨットレースの旅を終え、帰ってきました」
さゆり、テレビを見る。
アナウンサー「小川さん、まずはお疲れさまでした。世界一過酷ともいわれるレース、3度目の挑戦で完走されたということですが、いかがでしたか?」
小川「はい、まずはみなさんのおかげでこのレースに参加できたこと、感謝いたします。今回初めてゴールできたのですが、過去の失敗も含めて自分の中で成功だと感じています。これはレースではありますが、レース途中で出会った星空、宇宙との一体感、自分の体との会話、仲間との友情、全てに神がかった奇跡を感じました。僕はこういう生き方しかできませんが、毎日、生きていることの喜びを感じています。どうか、皆さんも自分の心に従い生きる喜びを感じてもらいたいと願っています」
アナウンサー「そうはいっても我々には難しいですけどね。本当にお疲れさまでした。ゆっくり休んでください」
小川、お辞儀をして去っていく。
さゆり「自分の心に従う・・」
X X X
(フラッシュ)
繍「お前が自分の心に従って動けば、誰もなんも言わねえだろ」
X X X
さゆり、首を横に振り、引っ越しの準備に戻る。

〇病院・病室
国政「かよちゃん、すまない。今回のことは、わしにも責任がある」
かよ「? どういうことだい?」
国政「しずかは・・実はずっと病院で回収した鬼をわしに届けてくれてたんだ」
かよ「は? あんたそんな大事なことをなんで今になって・・」
国政「しずかに口止めされてた。でもずっと引っ掛かってたんじゃ。一人で頑張りすぎているんじゃないかと思ってな。さゆりには継がせるつもりはない、鬼とは関係ない世界で生きて欲しい、とも言っていた。でも今回のことで全てがつながった。正に聞いたよ。さゆりは死んでてもおかしくなかったそうだ」
かよ「やめてよ、そんなこと・・」
国政「今回繍をこんな風にした相手は、プールの横の建物の上に登って、さゆりを煽ってたらしい。もしさゆりがそいつに言われたとおり、そこに登ってたら、同じように倒れてきた木の下敷きになってたと思う」
かよ「・・」
国政「雷が木に落ちる前、さゆりは急に立ち止まったそうだ。不思議だと思わんか」
かよ「・・私には龍を見たと言っていた」
国政「やはりな。しずかは分かっていたんだ。だから鬼から遠ざけた。それでも不安は消えず、龍神と取引をしたんだろう。万が一の時はさゆりを救ってほしい、と」
かよ「なんてバカな子・・」
国政「わしがさゆりをこの世界に引き込んでしまった。すまなかった・・」
国政、かよに頭を下げる。
かよ「いいんだ。国政がさゆりを繍に紹介したのだって、全ては決まっていたことなんだろう。私にも先見の目があれば、しずかを止められたんだろうに・・」
国政「しずかが匡と別れて急に看護学校に行くと言い出したのも、鬼を救うためだった。鬼と完全に同化して寿命を迎える人間は、人に触られるのを嫌がる。でもしずかにだけは、黙って体を預けることができたそうだ。寿命は変えられなくても、最期くらい人として送ってあげたいと言ってたよ」
かよ「なんで全部自分で・・私に話してほしかった。私はずっとあの子が龍女の運命に抗って生きようとしているんだと勘違いしてた」
国政「本当のことを話したら、かよちゃんが寿命を差し出す、とか言い出しかねんじゃろ。そういう子なんだ。かよちゃんがそう育てた。立派な子だとわしは思う」
かよ「・・」
国政「誉、繍。さゆりの母親はそういう子だ。そのしずかが自分の命と引き換えで守った子は大事にしないとな」

〇誉のマンション・リビング(夜)
誉、ソファに座っている。
さゆり、テーブルにマグカップを置き、誉の隣に座る。
さゆり「誉さん、あのね――」
誉「デート、しようか?」
さゆり「え?」
誉「ほら、デートしたいって言ってたよね?」
さゆり「あ・・うん」
誉「明日の夕方、出かけよう。迎えに来る」

〇同・前(翌日夕方)
車が停まっている。
誉が車の横に立ち、ドアを開ける。
誉「どうぞ」
誉、社交ダンスのように大げさにお辞儀をし、さゆりが笑う。

〇結婚式場・チャペル(夕方)
誉、新郎姿で立っている。
さゆり、ウエディングドレス姿で現れる。
さゆり「え? 誉、何、これ?」
誉「疑似結婚式だよ。面白いでしょ」
さゆり、誉に見とれる。
さゆり「誉、すっごい素敵! 王子様みたい。カッコいい!」
誉「さゆりもきれいだよ」
カメラマンの指示で何枚か写真を撮る。
嬉しそうなさゆりを見つめる誉。

〇家具店・店内(夕方)
誉とさゆり、手をつなぎ店内を歩いている。
誉「今の部屋、さゆりの好きなインテリアに変えてよ」
さゆり「え? いいの? 悩むよね~ あ、こういうのも素敵!」
はしゃぐさゆりを誉がほほ笑んで見つめる。

〇雑貨店・店内(夕方)
誉とさゆり、手をつなぎ店内を歩いている。
さゆり「あ、このカップすごいね、2つで並べるとくっつく。面白い!」
誉「気に入ったなら買おうか?」
さゆり「・・ううん、まだいい。もうちょっと悩みたい」
さゆりの嬉しそうな顔を眺める誉。

〇レストラン(夜)
個室。
誉とさゆり、食事をしている。
さゆり「なんか懐かしい。昔、誉と一緒に中華料理食べたね。美味しかったな~ あ、今日のお料理もすっごい美味しい!」
誉「喜んでくれて嬉しいよ。結婚したら、週末はこうして一緒に食事をしよう。もし子供ができても、2人の時間を作ってでかけよう」
さゆりが笑顔で頷く。

〇道(夜)
誉とさゆり、手をつなぎ歩いている。
誉「どうだった? 今日のデート」
さゆり「うん、すっごい楽しかった。色々考えてくれてありがとう。誉、大好き」
誉「よかった。どうかな? 結婚後の生活、少しはイメージできた?」
さゆり「うん・・」
誉、立ち止まりさゆりを抱きしめる。
さゆり「誉?」
誉「繍の仕事はもう、手伝うのをやめてほしい。僕の実家に住む話も、今回の事故があって、やっぱりちょっと難しいことが分かった。でもさゆりが神社で働くことになったら、平日会うのは難しくなるだろうから、僕は寂しい。できれば毎日会いたい。働いてもいいけど、男性のいる職場で働くさゆりを想像したくない。どう? もっとイメージできた?」
さゆり「・・」
X X X
(フラッシュ)
さゆり、誉のマンションで一人、外を眺めている。
その顔は寂しげ。
X X X
誉「子供の頃、さゆりに会ってるんだ。繍にやたら懐いてて、男の子たちに混ざってチャンバラごっこしてた。おままごととか、人形遊びとか、全然興味がなくてさ」
誉が思い出したように笑う。
誉「人形も、そのうち飛び蹴りとかさせ始めてさ。いつだったかキレて回し蹴りしたって聞いて、変わってないな~って思った」
さゆりが固まっている。
誉がさゆりの頭を撫で、頭にキスをし、もう一度抱きしめる。
誉「僕は、そういうさゆりも好きなんだ。だけど、僕は一緒にいたら心配の気持ちの方が大きくなって、さゆりの行動を制限したくなってしまう。さゆりの笑顔が見たいはずなのに、僕は繍みたいに一緒に冒険するなんてこと、怖くてできないんだ。さゆりをうまく愛してあげられない。ここ最近のさゆりはずっと我慢してる顔をしてた。今日もずっと楽しそうにしようって頑張ってた。今でも繍が好きなんだよね? 危なくても、大変でも、刺激的な毎日を求めちゃうんだよね。・・もう、我慢しなくていいし、頑張らなくてもいい。別れよう」
さゆり、誉を見て首を振る。
さゆり「嫌だ、別れない。私は、私が言ったことに責任がある。誉さんと終わりのない恋をするって約束した。結婚するって約束した」
誉「うん。嬉しかった。でもそう思ってくれただけで充分。約束のことは、気にしなくていい。僕はこれからもずっとさゆりちゃんのことが好きだよ。・・好きにはいろんな形がある。その中には終わりのない形もある」
さゆり「じゃあ、誉は? 誉を一人になんてできない。ホントはすっごい寂しがり屋なのに。私知ってる」
誉「大丈夫、僕モテるから。前に言った、『人を愛せない』っていうのも嘘なんだよね。あれ言うと大抵の女の子は落とせるから。さゆりちゃんも大したことなかったよ」
さゆり「嘘。そんなの嘘」
誉「さ、恋人ごっこはもう終わり。迎えがきた」
車が目の前に停まる。
誉、ドアを開け、さゆりを乗せる。
誉、さゆりに冷たく言う。
誉「僕は今日帰らない。明日、僕が帰るまでに荷物をまとめて出ていってほしい。鍵は和泉に渡しといて」
さゆり、誉のいつもと違う冷たい雰囲気に飲まれる。
誉が運転手の方を向く。
誉「じゃあ、よろしく」
運転手「承知しました」
誉がさゆりに目を合わさず、ドアを閉める。
車が立ち去る。

〇バス停・ベンチ(夜)
誉が待合のベンチに座っている。
バスが止まり、ドアが開くが、誉は動かない。バスのドアが閉まり、去っていく。

〇誉のマンション(夜)
さゆりが泣きながら荷物をスーツケースに詰めている。

〇HKロボティクス・社長室(夜)
誉が暗い中電気も点けず座っている。
手にはさゆりとの疑似結婚式の写真。
ドアが開いているのを不思議に思った悦子が入ってくる。
悦子、電気をつける。
悦子「うわ、なに、びっくりした。どうした、電気も点けずに。今日は早く帰らなかったっけ?」
誉「あ、悦子。ごめん。ちょっと考え事してた」
誉、机に写真を入れ、おっくうそうに体を起こす。
誉「何?」
悦子がドアを閉める。
誉の椅子をくるりと回し、自分の方に向ける。
悦子「アンタ今どういう顔してるか分かってる?」
誉「いや、でももうどうでもいい。早く元の自分に戻りたい。何も感じなかった頃の自分に戻してほしい。こんなに痛いなら、もう愛なんていらない」
悦子「・・バカね。痛いのは本当の愛じゃないのよ。痛みはね、気付かせるためにあるの。そっちじゃない、って」
悦子、誉にキスをする。
誉、ゆっくりと悦子を見る。
悦子「今ね、失恋の傷を体からアプローチして癒す研究、してるのよ。誉、実験台になってよ」
誉「うん、いいよ」
悦子「じゃあ、ここだと続き出来ないから、うちに来る?」
誉「ヤダ、猫がいるから気が散る」
悦子「じゃあ、誉のとこは?」
誉「ヤダ、彼女との思い出を消したくない」
悦子「もう。じゃあ、ホテルでいいわね?」
悦子が机に腰かけ、スマホでホテルの検索を始める。
誉「うん。あ、でも狭いとこはヤダ。最低でも30㎡」
悦子「もう。ホントワガママなんだから。彼女にもそのくらいワガママで良かったんじゃないの? どうせかっこつけてたんでしょ」
誉「カッコつけたいって思って何が悪いのさ」
誉が立ち上がり、悦子のスマホを取り、机に置く。
悦子「ちょっと」
誉、悦子にキスをする。
誉「ごめん、悦子。悦子の気持ち、ホントはずっと気付いてた」
悦子、誉にキスをする。
悦子「知ってる。っていうかアンタが気づかないはずないもん」
誉、悦子にキスをする。
誉「・・僕の今やってること、最低だよね」
悦子、誉にキスをする。
悦子「うん。最低。でも今のボロボロの誉に付け込んでる私も最低。だけど・・」
悦子、誉を見つめる。
悦子「その最低の誉も、カッコつけてる誉も、なんでもすぐロボットに結びつけちゃう誉も、全部丸ごと愛してる。そういう自分が私は好きなんだ」

〇誉のマンション・ダイニング
さゆり、キャリーケースを持ち、和泉に挨拶している。
さゆり「和泉さん、短い間でしたが、お世話になりました。ありがとうございました」
和泉「いえ、少しはお役に立てましたでしょうか?」
さゆり「少しどころじゃないです。和泉さんにはたくさん助けられました。ありがとう」
和泉「光栄です。最後に、誉様から伝言をお預かりしておりますが、お聞きになりますか?」
さゆり「伝言? はい・・」
和泉「(誉の声)さゆりちゃん。短い間だったけど、さゆりちゃんと暮らせて本当に楽しかった。さゆりちゃんのことだから、遠慮したり、自分を責めたりして、かよさんのところに帰ろうと思っているかもしれないけど、どうか、繍のところへ行ってあげてほしい。繍も不器用なやつだから、今頃になってようやく君を好きだったと気づいたんだと思う。僕はとっくに分かってたけど、黙ってた。ごめん。ズルいのは僕の方だったね。今までありがとう」
ピーっという機械音が鳴る。
和泉「伝言メッセージは消去いたしました」
さゆりが泣いている。
和泉、ハンカチを差し出し、さゆりが受け取る。
和泉、さゆりをそっと抱きしめ、頭を撫でる。
さゆりが泣きながら笑う。

◯病院・病室
繍のスマホが鳴る。
誉からのメッセージ「さゆりちゃんとは別れた。もし繍のところに来たら、受け入れてあげてほしい」

〇さゆりの部屋・リビング
さゆり、電話をしている。
さゆり「あ、もしもし、おばあちゃん? 私、やっぱりもう少しこっちにいることにする。え? なに? 分かってた?」
さゆりが首を傾げる。
また電話をしている。
さゆり「あ、もしもし、引っ越しの件なんですが、すみません。ちょっと事情が変わってキャンセルで・・すみません」
さゆり、しずかの写真に向かって話しかける。
さゆり「ごめんね、お母さん。私やっぱり自分の心が震える人と一緒にいたい。仕事も、危険かどうかは自分で決めるから。心配かもしれないけど、見守ってて」

〇病院・病室
さゆり、入っていく。
繍が眠っている。
ベッドサイドの椅子に座り、繍の眠る様子を見つめるさゆり。
穏やかな笑顔。
X X X
さゆり、寝ている。
繍、目を覚ます。
さゆりに一瞬驚くが、優しそうなまなざしで見つめる。
顔にかかった髪をそっと動かす。
さゆり、目を覚ます。
さゆり「あ、寝ちゃってた。ごめんなさい。先生寝てたから。見てたらいつの間にか・・」
繍「もう会えないかと思った」
繍、さゆりにキスをする。
さゆりが受け入れる。
ゆっくりと顔を離し、さゆりが繍の目を見る。
さゆり「先生のことが好き。過去じゃなくて、今も。ずっと逃げてた。苦しくて逃げたはずなのに、ずっと苦しかった。そんな私を見て、誉さんが別れようって言ってくれた。結局誉さんを傷つけちゃった。だからもう誰にも嘘をつきたくない。先生といると、心が跳ねるの。自分でも止められない」
繍、さゆりの髪を撫でる。
繍「俺、仕事の仲間としてお前を尊敬してた。だからこそ、お前のことをそういう、恋愛の対象として見ないようにしてたし、絶対に手を出さないって決めてた。でも、誉がお前と付き合うって言い出した時、いつの間にかお前を好きになってたことに気付いた。そういう自分を許せなかったし、ずっと言わないつもりだった。まさかあんな形で告白することになるとは思わなかったけどな。でも今は良かったと思ってる。さゆりのこと、愛してる」

〇鬼頭心理研究所・受付(退院当日)
繍とさゆり、入ってくる。
さゆり「あれ? みんな待っててくれてるはずなのに・・」
さゆりがキョロキョロする。
全員「サプラーイズ」
クラッカーが鳴り、電気が点く。
全員「退院おめでとう」
全員、笑顔で迎える。
繍「ただいま。みんなありがとう」
誉の隣には悦子。腕を組んで立っている。
さゆり「誉さんも、来てくれたんですね。あの・・その方は・・」
誉「あ、悦子。今の彼女」
さゆり「え? 誉さんいつの間に?」
誉「ほら、言ったでしょ。僕モテるんだって。後悔してももう遅いよ」
さゆり「あ・・ちょっと後悔したかも。でも幸せそうで良かったです」
悦子、笑顔のまま口を動かさずに誉に話す。
悦子「だからかっこつけすぎなんだって」
誉「いいじゃん。最低な僕が好きなんでしょ、悦子は」
悦子「誤解しないで。最低な誉『が』じゃなくて最低の誉『も』よ」
蝶子、顔を見せる。
蝶子「先生、退院おめでとうございます。さゆりさんもご無事で何よりです」
繍・さゆり「!」
繍「え? 蝶子? なんで?」
さゆり「でも私の目の前で確かに・・」
誉「この日に合わせて急がせた。中身は蝶子のままだよ」
繍「すげ~! やっぱ誉最高だよ! ありがとう!」
さゆり「あれ? なんか前よりスタイルよくなってる気が・・」
蝶子「はい、現在のトレンドに合わせ、私の希望を入れてもらいました」
さゆり、蝶子に抱きつく。
さゆり「さすが蝶子さん! 生きてて良かった・・あれ? 生き返って良かった? とにかくまた会えて嬉しいです」

〇同・ミーティングルーム
パーティの飾り付けがされている。
サイドテーブルの上に鬼の入った瓶が並んでいる。
みんなが雑談をしている。
国政が繍に話しかける。
国政「繍、この前誉から捕まえた鬼だが、あかねに憑いてた青鬼と対だった」
繍「え? じゃあ・・あの事故の日に・・」
国政「ああ、おそらく故障した蝶子さんを回収した時にな。誉が珍しく執着したのも、もしかしたらこいつが原因かもな。まあ、誉に言われたこと、お前は気にするな」
繍「分かってる。ありがと、じいちゃん」
国政が蝶子に声をかける。
国政「蝶子さん、じゃあ、電気を消してくれ」
蝶子「はい、承知いたしました」
繍「じゃあ、恒例の儀式始めるぞ」
部屋が暗くなる。
国政と繍が瓶を開けると赤鬼と青鬼が飛び出し、くるくると回る。
高速で回りだし、光に包まれる。
光が勾玉の形に変わり、胎児の形に変わる。
(鬼頭心理研究所・終わり)

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://uzuki-ryume.asablo.jp/blog/2024/01/10/9649179/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。