【計画女と波乗りライオン】1話2024年04月26日 22:00

◯神浜海岸(朝)
朝日が海を照らしている。
海を見つめる1人の男。
男は太刀獅丸(20)。
髪は脱色して白く、肌は日焼けして黒い。
目鼻立ちがくっきりしている。
獅丸「いい波来てる〜 ヒャッホー」
楽しそうな様子でサーフボードとともに海に飛び込んでいく。

◯前浜市役所・戸籍住民課・窓口
戸籍住民課の案内札が見える。
窓口に神島海(22)が座っている。
胸元には「神島」の名札。
姿勢が良く真面目な雰囲気。
メガネをかけている。
対面には若い男女が座っている。
2人、仲良さそうに体を寄せ合い、手を繋いでいる。
海、手元の婚姻届と戸籍抄本を見比べながら、婚姻届に赤い色鉛筆でチェックし頷く。
『受理』スタンプを押す。
海「お待たせしました」
若い男女、笑顔で海を見る。
海「ご結婚おめでとうございます。確かに受理いたしました」
嬉しそうな男女。
微笑む海。
男女、立ち上がり去っていく。
男女を見送る海。
海の声「私は神島海。幸せな人生を送るためには計画が必要」
同僚の橘はるか(20)、海の後ろから声をかける。
はるか「坂木さん、じゃなかった、神島さん、窓口変わりますね」
海「ありがとう。じゃあ、お昼行ってきます」
海、立ち上がり席を替わる。

◯同・食堂
海、テーブルに座り弁当を広げ、手を合わせる。
海「いただきます」
海、弁当を食べ始める。
同期の男性社員・中村佑介(26)、カップ麺と水が乗ったトレーを持って海の前に座る。
中肉中背、黒髪、短髪の男性。
ワイシャツの上に『前浜市』と書かれた蛍光グリーン色のジャンパーを羽織っている。
佑介「よお、海。今日昼当番?」
海「うん。中村くんは? 遅いじゃん」
佑介「ああ、(ジャンパーを触り)観光課の仕事。昼に駅でチラシ配り」
海「そっか。大変そうだね」
佑介「まあ外に出てるほうが気楽だけどね。そういえばどう? 新婚生活は。順調?」
海「もちろん!」
佑介「そっか。なら良かった。海は完璧な人生計画立ててたもんな。22歳で結婚して23歳で子供・・だっけ?」
海「そう。23歳で女の子出産。その4年後、27歳で男の子出産。4歳差なら上のお姉ちゃんも落ち着いた頃だし、受験も重ならないでしょ。それから長男には調理師になってもらって、店を継いでもらう。定年まで働いたら、店を手伝いながら年金をもらって、優雅な老後を過ごすの。そのために貯金も運用もしてるし、公務員になった」
海の薬指に指輪が見える。
佑介「すごいよな、今のところ、計画通りだもんな。初期研修で聞いた時は『なんだこいつ』って正直引いたけど」
海「え? そんなこと思ってたの? ひどい」
海と佑介、笑う。

◯レストラン風・外観
海沿いに立つ洋食レストラン。
敷地内には広い駐車場。
看板には美味しそうなハンバーグの写真。

◯スマホのアプリ画面
妊活アプリ。
カレンダーに赤いハートマークがついている。

◯レストラン風・厨房
スマホを持つ手。
海の夫・神島太一(22)、微笑みながらスマホを操作している。
太一は黒髪で短髪。白いコックコートを着ている。
背は高く、少し神経質そうだが笑うと目尻にシワが出て、可愛らしい雰囲気を出している。
太一、スマホをポケットにしまい、自分の顔を両手で挟むように叩く。
太一「よし!」

◯前浜市役所・食堂
海、手を合わせている。
海「ごちそうさまでした」
海、弁当箱をバッグの中に入れる。
バッグからスマホを取り出しメッセージを確認。
太一からのメッセージ『今日はあの日だよね? 早く海に会いたい』
海、メッセージを見てニヤけている。
海の声「今は来年の出産計画に向けて妊活中」
佑介「うわ、キモ! 一人でニヤけてる奴がいる!」
海「は? 私のこと?」
佑介「他に誰がいるんだよ」
海「ホント中村くん失礼。でも許す。なぜなら私、今超幸せだから」
同僚「はいはい。そんなに結婚ていいもん?」
海「うん」
海の笑顔を見て微笑む佑介。

◯神浜・海岸
サーフボードを抱えた獅丸、海から上がってくる。
ウエットスーツを着ている。
獅丸に女の子が数人、集まってくる。
女A「リオン、今日はうちに来てくれるよね?」
女B「ううん。うちだよね? 今朝そう言ってくれたじゃん」
女C「嘘! 連泊なんてズルい! リオンくん、今日こそうちだよね?」
獅丸「あ〜、どうしようかな~ じゃあ、今晩はみんなのとこ順番に行っちゃおう!」
女A「え? ホント!?」
女の声「シシ〜 電話! 早く来い!」
声の方を見る獅丸。
声の相手はサーフショップのオーナー、葉月薫(50)。
獅丸、手を振り
獅丸「今行きます!」
獅丸、走り出し、振り返りながら女の子達に手を振る。
獅丸「ごめん、また連絡する!」
女の子達、不服そうだが、諦めて帰りだす。

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内
獅丸、入ってくる。
薫、カウンター内で座っている。
黒髪、日焼けしているせいか肌の色は濃く、痩せて引き締まった体。
獅丸「すみません、薫さん。電話、誰からですか?」
薫「電話? ああ、あれ、嘘」
獅丸「え?」
薫「シシ、ファンとはするなっていつも言ってるだろ」
獅丸「してませんよ。昨日だってただの添い寝です、添い寝バイト」
薫「あんたが何もするつもりなくても、向こうはそうじゃないかもしれないだろ。ちゃんと一線引いとけ。添い寝バイトなんてやめろ」
獅丸「すんません」
薫「それから、次の大会で結果出して、スポンサー、ちゃんとゲットしな。で、自立してうちからも出てって、早く一人暮らししろ」
獅丸「え〜、薫さん、ひどい。僕にそんなことできないって分かってるじゃないですか。見捨てないでくださいよ〜 僕と薫さんの仲じゃないですか! これからも楽しく助け合いながら暮らしましょうよ」
薫「は? まさかうちにずっと居座る気? あんたがいるせいで彼氏も作れない」
獅丸「もう3回も結婚したんだからいいじゃないですか。まだ結婚するつもりですか?」
薫「もちろん。結婚に回数制限はない」
獅丸「まあそうですけど・・ でも僕、薫さんに彼氏ができても、その人と仲良くできる自信ありますよ。僕のことなんて気にせず恋活してください。あ、それに僕、介護とかも多分得意です。老後のことは心配しないでください」
薫「うっさい! あんたが良くても私が嫌なの。それに今から私の老後心配されたくないわ」
獅丸と薫、笑う。

◯葉月家・獅丸の部屋(夜)
獅丸、ベッドに座り、自分のサーフィンの動画を見ている。
獅丸の声「僕は太刀獅丸。先のことなんて考えても仕方ない。計画してもその通りになるとは限らない。だから今目の前にあることを頑張るだけ」
獅丸、おもむろにベッドの上に立ち、サーフィンの動きをしている。
ドアが開き、薫が顔を見せる。
獅丸「うお!」
獅丸、慌ててベッドに座りスマホを体の下に隠す。
獅丸「薫さん! ノックしてください!」
薫「あ、ごめんごめん。エロ動画でも見てたか」
獅丸「そ、そうです! だからノックしてほしいっていつも言ってるじゃないですか」
薫「よしよし、健全健全。健全な男の子はさっさと風呂入っちゃいな」
薫、ドアを閉める。

◯同・同・ドア前(夜)
薫、微笑んでいる。
X X X
(フラッシュ)
獅丸の部屋。
獅丸、ベッドの上に立ち真剣な顔でサーフィンの動きをしている。
X X X
薫「可愛いヤツ」

◯神島家・海の部屋(夜)
整頓された部屋。
壁のフックには翌日の洋服がセットされている。
海、デスクに座り、スケジュール帳に記入している。
昨日まで斜線が引かれたスケジュール。
今日のところには『妊活』の記載がされている。
海、今日の部分に斜線を引き、スケジュール帳を閉じる。
海「よし、順調順調」
海、スケジュール帳をバッグに入れ、バッグを椅子の上に置く。

◯同・太一の部屋(夜)
ノックの音。
太一、ドアを開ける。
パジャマ姿の海、照れた様子でうつむきながら立っている。
太一、微笑みながら海の手を取り部屋に入れる。
太一「どうぞ、奥さま」
太一、ドアを閉める。
二人、ぎこちない感じで抱き合う。

◯前浜市・情景(朝)
住宅街に朝日が差している。

〇神島家・海の部屋(朝)
海、ベッドに寝ているが、目を開ける。
ベッドサイドのスマホを手に取り、アラームが鳴る前に止める。
海の声「朝は5時に起床」
海、ラジオ体操をしている。
海の声「体操をし、6時までに身支度をすませ」

◯神島家・ダイニング(朝)
海、料理をしている。
海の声「7時までにお弁当作りと朝食を済ませる」
海、弁当箱をバッグに入れている。
海の声「毎日を計画通りに生きることが、私の幸せ」
太一、入ってきて海を笑顔で見つめている。
太一「おはよう」
海「あ、おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
太一「ううん。海が仕事行く前に会いたくて」
海「フフ。あ、そうだ、前にも言ったけど、今日帰るの少し遅くなるね。て言っても閉店までには帰るけど」
太一「マコちゃんとご飯だっけ?」
海「そうそう」
太一「うん、分かった。マコちゃんによろしくね」
海、笑顔で頷く。

〇前浜市役所・戸籍住民課・窓口
海が座っている。
手元のスイッチを押す。
機械の音声「118番でお待ちの方、お待たせいたしました」
住民、窓口に来る。
住民「すみません、住民票が欲しいんですけど、書き方がよく分からなくて」
海「分かりにくいですよね。何に使われますか?」
海、住民の手元の申請用紙を受け取り確認する。

〇レストラン風・厨房
太一、寸胴を前に立っている。
寸胴の中にはデミグラスソース。
父・神島幸一(52)、味見をしている。
幸一「まだ出せないな」
太一「分かりました。またお願いします」
太一、頭を下げる。

〇前浜市役所・ロッカールーム(夕方)
海、着替えをしている。
はるか、入ってくる。
はるか「お疲れ様でした。海さん、今日早いですね」
海「うん、友達とご飯の約束があって」
はるか「いいなぁ。どこ行くんですか?」
海「駅前の『メゾン』?『セボン』? 新しくできたとこ」
はるか「確かセゾンだと思います。いいな~ 美味しかったら教えてください」
海「うん、良かったら今度一緒に行こうね。じゃ、お先~」
海、出て行く。
はるか「ホントですか?! 海さん、絶対ですよ~ って聞いてないし」
既に海はいない。

◯カフェ・店内(夜)
海と海の友人、井上マコ(22)が座っている。
マコは茶髪ボブ。背は低め。
丸顔で可愛らしく優しい雰囲気。
マコ「ね〜海、お願い。付き合ってよ」
海「うーん。マコのお願いなら聞いてあげたいけど・・ボディボード? 何それ? 知らないし・・」
マコ「ビート板みたいのに乗って波乗りするの。サーフィンよりも簡単だし、乗ってる姿も可愛いの。見て」
マコ、スマホの画面を見せる。
海「ふーん」
マコ「それに、もう海の分もスクール申し込んじゃったし」
海「え?」
マコ、拝むように手を合わせる。
マコ「お願い! 私の恋が叶うかどうかかかってる! 私も海みたいに結婚したいの!」
海「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
マコ、スマホの写真を見せる。
マコと映る男性・黒木賢(27)。サーフボードを抱え、笑顔で映っている。
黒髪で色黒。爽やかな青年。
マコ「黒木賢くん。消防士で、サーファーなの」
海「え? カッコいいけど、どうやって知り合ったの?」
マコ「徹くんて覚えてる? この前紹介してもらったの。こんな彼氏がいたらヤバイよね。悶える」
海「じゃあ私とビート板してるよりサーフィンした方がいいでしょ。その彼に教えてもらってさ」
マコ「だってサーフィン難しそうじゃん。道具だって高いし。ていうか、賢君の前の彼女も、やってたみたいなの。ボディボード。ね、お願い! こっそりできるようになって驚かせたいの!」
海「う・・ん・・分かった。太一に相談してみる」
マコ「ありがと! 良かった〜」

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内(日替わり)
マコと海、緊張した顔で立っている。
薫「二人ともМで良さそうね」
薫、二人にウエットスーツを渡す。
薫「水着の上からこれ、着てみて」
マコと海、頷いて受け取る。

◯同・試着室前
マコと海、試着室のカーテンを開ける。
薫が腕組みしながら前に立っている。
薫「うん、大丈夫そうね。じゃあ、ここで交代。シシ〜」
獅丸の声「あ、今行きます」
X X X
薫、獅丸の肩に手を置いている。
薫「インストラクターの太刀獅丸君ね」
マコと海、獅丸の風貌を見て動揺し、瞬きをしている。
薫「じゃあ、二人とも楽しんできてね」
薫、手を振る。
獅丸「よろしくお願いします。じゃあ、早速行きましょう」

◯神浜・海岸
獅丸を先頭にマコと海が歩いている。
3人ともボディボードとフィンを抱えている。
獅丸「お姉さんたちはおいくつですか?」
マコ「あ・・いくつに見えます?」
獅丸「すみません。正解の答え方全然わかんないんですよ。あの、僕20歳なんですけど、僕より年上か年下かだけ教えてもらっていいですか?」
マコ「フフ、上〜 見て分かるでしょ」
獅丸「いや、もし間違えたら凍るじゃないですか。で、お姉さんたちに帰られちゃったら、うちのサーフショップ終わるんで。薫さん、あ、さっきの怖そうなお姉さんにボコボコにされます」
マコ「またまた〜」
獅丸「いや、ホントです。僕には容赦ないんですよ、あの人」
マコと海、笑う。
獅丸「じゃあ、え~と、海さんは・・」
海、手を挙げる。
獅丸「(それぞれに顔を向けながら)海さんとマコさんですね。僕のことは獅丸と呼んでください」
マコ「獅丸先生ですね」
獅丸「いや、先生とかやめてください。僕なんかには呼び捨てぐらいが丁度いいんで」
マコ「何それ」
マコと海、笑う。
X X X
波打ち際の近くで止まる。
獅丸「じゃあ、一旦この辺でこれ置きましょう」
全員、砂の上にボードとフィンを置く。
獅丸「お二人とも泳ぎは得意ですか?」
マコと海、顔を見合わせる。
マコ「得意とは言えないですけど、一応は泳げると思う・・」
海「学校の授業くらいしか・・」
獅丸「オッケーです。ちなみに今日は足がつかないところにも行きます。そして(海を指しながら)海はプールと違って波もあります」
マコと海、不安そうな顔をする。
獅丸「大丈夫です。この神浜は遠浅なので、急に深くなったりはしません。それとこのボードは必ず浮きます。この紐、リーシュコードというんですが、これを腕につけるので体から離れません。それに、僕がいます」
マコと海、不思議そうな顔をする。
獅丸「一応僕、ライフセーバーの資格持ってるんで。もし溺れたら絶対助けます」
獅丸、二人を見て笑顔でポーズを決めて見せる。
海とマコ、笑う。

◯レストラン風・外
求人の紙が貼られている。
『スタッフ急募』
清水美羽(しみずみう)(16)、求人の紙をじっと見つめている。
美羽は色白で黒髪。
長い髪をポニーテールにしている。

◯同・店内
太一、太一の両親、パートとアルバイトスタッフが昼食を食べている。
バイトの岡田(20)「あれ? そういえば今日、海さんは?」
太一「ああ、友だちとサーフィン行ってる」
岡田「海さん、サーフィンなんてするんですか!? 意外です」
太一「なんか友達に頼まれて仕方なくって言ってた。今日はスクールだって」
岡田「そういうことですか。自分から行くようなタイプじゃなさそうですもんね」
入口が開く。
美羽、入ってくる。
太一、立ち上がり、
太一「すみません。昼の営業は終わってしまったんですけど・・」
美羽、立ち止まり、太一に見とれている。
太一「あの・・昼の営業は――」
美羽「あ、すみません。表の『スタッフ急募』っていうの見たんですけど・・」
太一「あ、バイトの?」
太一、振り返り母親の神島仁枝(50)を見る。
仁枝、立ち上がり、美羽の方に歩いてくる。
仁枝「バイト? 助かるわ~ いつから来れる?」
美羽「あ、今日からでも大丈夫です」

◯神浜・海岸
獅丸、砂浜の上にボードを置き、乗り方を教えている。
マコと海、獅丸を見ながら同じようにボードに乗っている。
獅丸「じゃあ、海に入る前にストレッチしましょう」
マコと海、獅丸を見ながら同じようにストレッチをしている。

◯レストラン風・フロア
隅の方の席。
仁枝と太一が座っている。
反対側、向かい合うように美羽が座っている。
仁枝「アルバイトは初めて?」
美羽「あ、はい。・・ダメでしょうか?」
仁枝「ううん。そうじゃなくってね。履歴書って知ってる?」
美羽「いえ。すみません。何も知らなくて・・」
仁枝「悪いことしてるわけじゃないんだし、謝らなくていいの。ちょっと待ってて」
仁枝、立ち上がり店の奥へ行く。
太一「高校生?」
美羽「あ、はい。高校1年生です」
太一「そっか。あ、ホールとキッチン、どっちが希望?」
美羽「? ホールって・・何ですか?」
太一「あ、注文聞いたり、料理運んだりする人のことだよ」
美羽「ちなみに(太一を手で示しながら)お兄さんは・・」
太一「僕は調理・・あ、キッチンの方」
仁枝、席に着く。
仁枝「あ、ごめんね。お待たせ」
テーブルに履歴書とボールペンを置く。
仁枝「これが履歴書ね。今書いてく?」
美羽「いいんですか?」
仁枝「もちろん!」
美羽、教わりながら書き始める。

◯海
獅丸、マコ、海の3人、横並びで泳いでいる。
海「獅丸君の髪の色は、地毛ですか?」
獅丸「え? 海さん正気ですか? こんな顔でこんな地毛の日本人いると本気で思ってます?」
海、獅丸の言い方が可笑しく、笑う。
海「もしかしたらって思って」
獅丸「僕、憧れの人がいるんです。その人みたいになりたくて脱色してるんですよ。毎回頭皮に超しみて泣いてるんですけど」
海「そうだったんだ? でもいいね、そういう憧れの人いるの」
獅丸「はい」
獅丸、微笑み沖の方を見つめる。
獅丸「あ、この辺から多分足がつかないです」
海「え? 嘘!」
海、ボードにしがみつく。
獅丸「嘘です」
海、ボードに乗ったまま足を伸ばしてみるとフィンの先が砂に着く。
海「え、ひどい〜」
獅丸、笑う。
獅丸「すみません。でも結構ギリギリですよね? 後ろ見てください。結構沖に来ました」
マコ「本当だ〜」
獅丸「フィン付けてると意外とスピードが出てるんですけど、気付きづらいんです。たまに後ろとか横見て自分のいる位置を確認した方がいいです」
マコと海、頷く。

◯レストラン風・店内
仁枝、美羽の書いた履歴書を見ている。
仁枝「うん。いいわ。あとはご両親どちらかにこの承諾書書いてもらえる?」
仁枝、承諾書を渡す。
美羽「え? 今から働きたいんです。無理ですか?」
仁枝「そうね。お店としては今からでもお願いしたいんだけど、美羽ちゃんはまだ高校生だし。ごめんね。決まりだから」
美羽、泣きそうな顔をする。
仁枝「ごめんね~」
美羽、首を横に振り、
美羽「私こそすみません。すぐにお母さんに書いてもらいます」
美羽、承諾書をカバンに入れ、立ち上がり、お辞儀をして出て行く。

◯海
獅丸、ボディボードに乗り、波の上を滑っている。
海「嘘! あれ、獅丸君? カッコいい・・」
マコ「うん! あんな風に乗れたらいいね~」
マコと海、顔を見合わせて笑う。
獅丸、マコと海のところに戻って来る。
獅丸「じゃあ今みたいな感じでやってみましょう。マコさん、どうですか?」
マコ「はい!」
獅丸「じゃあ僕が合図したらさっき練習したバタ足です。波に押される感覚が来たら、体を波に任せます。いいですね。じゃあ体の向きを変えてください」
マコ「はい!」
マコ、体の向きを変える。
波が来る。
獅丸「今です! マコさん、バタ足です!」
マコ、波に乗り滑っていく。
海「すごい! マコ、乗れてる!」
獅丸「じゃあ次は海さん、行きましよう」
海、頷き、体の向きを変える。
波が来る。
獅丸「今です! 海さん! バタ足です!」
海、バタ足をするが波に乗れず、巻かれてしまう。
海の姿が消える。
獅丸「あれ?」
X X X
(フラッシュ)
ボードにしがみつく海の姿。
X X X
獅丸「ヤバ!」
獅丸、海が消えた場所に向かい泳ぎ始める。

◯海中
体が回転し、もがく海。
視界は泡で真っ白。
海の声「え? なにこれ、怖い。どっちが上?」
パニックで手をバタバタさせる海。
海の背後から手が伸び、脇を抱えられて体がホールドされ、海面に向かって上昇する。

〇海
海面に顔を出し、咳き込む海。
波から守るように立ち泳ぎをしている獅丸。
獅丸、海のボディーボードを手繰り寄せ、海の体に当てる。
獅丸「海さん、分かりますか? これに掴まってください。もう大丈夫です」
海、咳き込みながら頷く。
マコ、寄ってくる。
マコ「大丈夫? 何があったの?」
獅丸「多分波に巻かれました。怖いですよね、あれ。すみません」
海「ううん。助けてくれてありがとう」
海の手が震えている。
獅丸、海の手を握る。
獅丸「少し海から上がって休みましょう」
海、マコを見る。
心配そうな顔のマコ。
海「ううん。大丈夫。もう一回やってみたいし」
マコ「無理しなくていいよ~」
海「無理じゃないよ。このままだと悔しいし。獅丸君、ありがとう。もう大丈夫」
海、獅丸に向かってほほ笑み、獅丸、頷いて体を離す。
3人、沖に向かって泳ぎだす。

〇海岸
獅丸、マコ、海の3人が歩いている。
マコ「あ~楽しかった」
獅丸のファンの女性数人、獅丸を見つけ、
女性A「あ、リオンくん!」
女性B「リオンく~ん!」
ファンの子たち、獅丸に向かって手を振っている。
獅丸、手を振り返す。
獅丸「こんにちわ~」
マコ「え? リオン君て?」
獅丸「ああ、僕のあだ名です。昔、あの子にプレゼントもらったんですよ。ほら、僕の名前、獅丸の獅ってライオンじゃないですか。だから英語で『ライオン』て書いてあったんですけど、僕、バカだから読めなくて。『リオンて何ですか?』って」
獅丸、ボディボードに貼られた『LION』の文字を指差し笑う。

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内
テーブルにマコと海、座っている。
薫、カウンター越しに話す。
薫「どうだった? 乗れた?」
マコ「はい、すっごく楽しかったです」
海「私は・・ダメでした」
マコ「でももう少しだったよね」
海「うん」

◯回想・海中
体が回転し、もがく海。
視界は泡で真っ白。
パニックで手をバタバタさせる海。
海の後ろから手が伸び、脇を抱えられて体がホールドされ、海面に向かって上昇する。

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内
海、テーブルの下で自分の手を握る。
獅丸「お待たせしました」
獅丸、コーヒーを置く。
マコ「え? なんですか?」
薫「コーヒー。今練習中なんだって。飲んでやって」
獅丸「あ、コーヒーもしかして苦手ですか? ミルクとか砂糖いります?」
マコ「ううん、大丈夫。そのままで飲める」
獅丸「海さんは? 大丈夫ですか?」
海、頷く。
海「ブラックで大丈夫」
マコと海、コーヒーを飲む。
海「あ」
獅丸「あ、ってなんですか? ちょっと海さん!」
海、笑う。
海「意外と美味しい・・かも」
獅丸「なんですか、それ。『意外と』とか最後の『かも』とか、いります?」
薫「おいおい、シシ。練習に付き合ってくれてるのに失礼だろ」
獅丸「すんません」
薫「マコちゃんは?」
獅丸、マコの顔を見つめる。
マコ「そんなに見られてたら言いづらい」
薫「正直に言ってやって。その方がこの子のためだから」
マコ「美味しいんですけど、私はコンビニのコーヒーの方が好きかも」
獅丸「うぉー、コンビニコーヒーに負けた! これ、すっごいいい豆なのに!」
薫「マコちゃんありがとね~ シシ、まだまだだな。豆に謝れ」
全員、笑う。

◯レストラン風・店内
美羽、入ってくる。
美羽「おばさん、すみません! 持ってきました!」
奥から仁枝、出てくる。
美羽、承諾書を差し出しお辞儀をする。
仁枝「え? 美羽ちゃん? 今日持ってくると思わなかった! どう? 見せて」
仁枝、承諾書を見ている。
美羽「あの・・これで今日から働けますか?」
仁枝、美羽を見て笑顔で頷く。
美羽「ありがとうございます!」

〇サーフショップ『リーフサーフ』・店内
マコ、ウェアなどを見ている。
海、マコの横に立ち、見ている。
海「本当に今日揃えるの?」
マコ「だって今日だったら10%引きだよ? 買うしかないじゃん。ねえねえ、賢くんの彼女だったらこういう感じかなぁ?」
マコ、ウェアを自分の体に当てて海に見せる。
海「うん、似合ってる。かわいい」
マコ「海は? 買わないの?」
海「私は・・まだいいかな」
マコ「じゃあさ、またスクール一緒に来ようよ! 今度こそ大丈夫だって!」
マコ、海の手を取り跳ねる。

〇レストラン風・厨房(夕方)
隅のテーブル。
折り畳み椅子を仁枝、広げて置く。
横に美羽が立ち、見ている。
仁枝「美羽ちゃん。折り畳みの椅子はいつもあそこにあるから。食べるときだけ広げて、食べ終わったら片付けるのよ」
美羽「はい」
仁枝、テーブルにまかない料理が乗ったトレーを置く。
仁枝「じゃあ、今のうちに食べちゃって」
美羽「あのこれって・・」
仁枝「まかない。働いている人たちには、おばさんが作るの」
美羽「お金は・・」
仁枝「これはお金はいらないの」
美羽「え、そうなんですか! ありがとうございます!」
仁枝、微笑む。
美羽「あの・・食べきれない分は持ち帰ったりしても大丈夫でしょうか?」
仁枝「何言ってるの。若いんだからこれくらい食べなきゃダメ」
バイト、慌てた様子で入ってくる。
バイト「奥さん、すみません。自治会の人が来てて・・」
仁枝「あ、そう。今行くわ。じゃ、美羽ちゃん、ここではダイエット禁止ね!」
仁枝、出て行く。
美羽、手を合わせた後、戸惑いながら食べ始める。

〇サーフショップ『リーフサーフ』・店内・レジ
薫、マコが持ってきたウェアなどのグッズのバーコードを読み取っている。
マコ、嬉しそうに薫の様子を見ている。

〇同・同・テーブル
海、マコの様子を見ている。
獅丸、来る。
獅丸「今日はすみませんでした」
海「え? なんのこと?」
獅丸「あ・・せっかく来てもらったのに1本も乗れなくて」
海「あぁ、いいのいいの。私は付き添いだし。マコは乗れたから。獅丸君のおかげ」
獅丸「いやいや、インストラクターとして失格です。本当は乗れなかったらタダにしてあげたいんですけど、(薫の方を指す)うるさい人がいるんですみません」
薫の声「おい、シシ~ なんか言ったか?」
獅丸「いえ、立派なオーナーだって褒めてました! 海さんが!」
薫の声「ホントか~? 悪口だったらシメルぞ!」
獅丸「ね、僕には容赦ないでしょ?」
海と獅丸、笑う。
海「あ・・獅丸君。あのね。今日みたいなこと、獅丸君も経験あるの?」
海、ギュッと自分の手を握る。
獅丸「あ~・・巻かれることですか? 普通にありますよ?」
海「そうなんだ・・そういう時、どうするの?」
獅丸「収まるのを待って、ボードをたぐります」
海「え? そうなの?」
獅丸「自然の力に逆らうの、無理ですから。この浜だったら、せいぜい1分くらいですけど、もっと長く感じますよね」
海「うん。ごめんね。なんか怖くなっちゃって」
獅丸「確かに、初めてでああなったら結構くじけますよね。でもタイミングとか、波の形とかにもよるんで。海さんのせいじゃないです。だから次回は絶対成功させましょう。あ、3回セットのお得なコースもありますよ?」
海、笑う。
海「ありがとう。それから、今日は・・助けてくれてありがとう」
獅丸「いえ。これに懲りずにまた来てください。あ、予約とか、しちゃいます?」
獅丸、カレンダーを海に見せる。
海、笑う。

〇レストラン風・厨房(夕方)
美羽、まかない料理を半分ほど食べた状態で止まっている。
太一、来る。
手には持ち帰り用の容器。
太一「大丈夫? さっきちょっと聞こえちゃったんだけど・・母さんに内緒で持って帰る?」
美羽、太一を見て頷く。
太一、微笑む。

〇同・フロア(夕方)
次々と客が入ってきている。

〇同・厨房(夕方)
忙しそうな様子。

〇同・厨房横(夕方)
海、慌てた様子で入ってくる。
海「すみません、遅くなりました」
エプロンを付けている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「海さん、今日はいいのよ。ただでさえ平日仕事してるんだし」
海「でも、今日土曜日なんで一番忙しいですよね?」
呼び出し音が鳴る。
表示を見ると注文待ちがたまっている。
海「ほら」
仁枝「ありがとう~ でも落ち着いたら早く上がってね」
海、頷いてフロアに出て行く。

〇同・厨房(夕方)
美羽、食洗器の前で作業をしている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「ごめんね。まかせちゃったままで」
美羽「いえ。あの、今の方は・・?」
仁枝「ああ、あとで紹介するわね。海さん。太一のお嫁さん」
美羽「え? 太一さんて結婚してるんですか?」
仁枝「そうなのよ。なんだか『人生計画がある』とかなんとか言って先月結婚したばっか」
美羽、複雑そうな顔をして太一の方を見る。
太一、忙しそうに調理をしている。

〇神島家・海の部屋(夜)
壁には翌日着る洋服がかかっている。
海、ベッドに腰かけスマホの写真を見ている。
パジャマ姿。
昼間撮ったサーフショップでの写真。
中央にマコと海、端に薫と獅丸が笑顔で映っている。

◯回想・海
獅丸、マコ、海の3人、横並びで泳いでいる。
海「獅丸君の髪の色は、地毛ですか?」
獅丸「え? 海さん正気ですか? こんな顔でこんな地毛の日本人いると本気で思ってます?」
海、獅丸の言い方が可笑しく、笑う。

〇神島家・海の部屋(夜)
海、思い出し笑いをしている。

◯回想・海
獅丸、ボディボードに乗り、波の上を滑っている。

〇神島家・海の部屋(夜)
海、獅丸の写真を見つめる。
海「波に乗っている獅丸君、かっこよかったな~」

◯回想・海中
体が回転し、もがく海。
視界は泡で真っ白。
パニックで手をバタバタさせる海。
海の後ろから手が伸び、脇を抱えられて体がホールドされ、海面に向かって上昇する。

〇回想・海
海面に顔を出し、咳き込む海。
波から守るように立ち泳ぎをしている獅丸。
獅丸、海のボディーボードを手繰り寄せ、海の体に当てる。
獅丸「海さん、分かりますか? これに掴まってください。もう大丈夫です」
海、咳き込みながら頷く。
海の手が震えている。
獅丸、海の手を握る。
獅丸「少し海から上がって休みましょう」

〇神島家・海の部屋(夜)
海、獅丸に触れられた手を触っている。
ノックの音。
太一、入ってくる。
海「あ、太一」
太一、海のスマホを覗き込み、
太一「あ、これ? 今日のスクール」
海「うん」
太一「楽しかった? え? 男?」
海「あ・・ううん。違うよ。この人はただの従業員。先生はこっちの女の人」
太一「ふうん。でも海、ちゃんと指輪、してた?」
海「してたよ~ 太一こそ、してないじゃん」
太一「無理だよ。そういう仕事だし」
海「分かってる分かってる」
太一、海を見つめベッドに倒す。
太一「海・・」
海、目を逸らし、
海「・・ごめん、太一・・」
太一、体を起こし
太一「分かってる。じゃあ、待ってるから」
太一、出て行く。

〇同・太一の部屋(夜)
太一と海、ベッドで寝ている。
海、目を開け太一の様子を見ている。
そっと体を離そうとする海。
太一、目を閉じたまま海に抱きつく。
太一「ねえ、海。たまには朝まで一緒にいようよ」
海「言ったでしょ。一緒だとよく寝れないの。寝れなかったら明日に影響するでしょ。そういう積み重ねで計画が狂うのは、嫌なの」
太一「たまにはさ、二人して寝不足の顔してるのも、新婚ぽくて嬉しくない?」
海「・・嬉しくない」
太一「・・(笑いながら)ごめん」
太一、海を抱きしめたまま頭にキスをする。
太一「・・しょうがない、今日は許す」
海「なにそれ、『今日は』って」
太一、海から体を離すが、手を握る。
海、ベッドから出ようとしたところ、手を握られ引き戻される。
海「太一~」
太一「ごめん」
太一、手を離す。
海、出て行く。
太一、ドアの方を見ないように体の向きを変える。

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