【計画女と波乗りライオン】4話2024年05月17日 22:00

〇神浜海岸(朝)
テントが設営され、ショップやメーカーなどののぼり旗がはためいている。
T「サーフィン大会当日」

◯車・中(朝)
海、運転席に座りスマホを操作している。
ノックの音。
海、顔を上げる。
助手席側の窓からマコの笑顔が見える。

◯駐車場(朝)
車が止まる。
海とマコ、出てくる。
海、伸びをする。
海「いい天気だね〜」

◯神浜海岸・観覧席
海とマコ、座っている。
おそろいのリーフサーフのTシャツを着ている。

◯海
ゼッケンをつけた選手が次々と海に飛び込んでいく。

◯神浜海岸・テント前
得点表が置かれている。

◯同・観覧席
海とマコ、同じスマホの画面を見ている。
海「ねえ、この点数って何?」
マコ「私たちが見ても全然わかんないよね」
海とマコ、顔を見合わせて笑う。

◯海
青いラッシュガードを着た選手、波に乗る。

◯神浜海岸・観覧席
海「あ、あの青い人、もしかして賢君?」
海、指を指しマコに向かって微笑む。
マコ、嬉しそうに頷く。
海「カッコいいね!」
マコ「知ってる」
二人、笑う。

◯海
赤いラッシュガードを着た選手、波に乗る。
華麗に技を決めていく。

◯神浜海岸・観覧席
ギャラリーのどよめき。
海とマコ、見とれている。
マコ「あれ、リオン君だよね? リオン君て、もしかしてすごい人だった?」
海「・・」
マコ「うまくない?」
海「うん。素人の私から見てもうまいって分かる。すごいね・・」
X X X
マコ、手元のスマホを見る。
マコ「え!? 今1位だって! リオン君」
海「ホント?」
海、マコのスマホを覗き込む。
海「ホントだ・・でも確かに他の人と別格だったよね。キレイって思っちゃった・・」
海とマコ、顔を見合わせ頷く。
海「あ、私、ちょっとトイレ行ってくるね」
マコ「うん。あ、確かあっちにあったよ」
海「ありがとう」

◯同・砂浜
海、歩いている。
帽子が目の前に落ちる。
海、帽子を拾い、周りを見回す。
走ってくる女性。
女性は海の中学の担任、川合葵(50)
葵「すみません、ありがとうございます」
海、帽子を渡そうとして動きが止まる。
海「あれ? 川合先生じゃないですか?」
葵、不思議そうな顔をする。
葵「えっと・・」
海「あ・・すみません。坂木です。坂木海です。中学2年の時、川合先生が担任で。お母さんの買い物の、あの、あの時はお世話になりました」
葵「ああ! 坂木さん! すっかり大人っぽくなったから、分からなかった。ごめんなさい」
海「あれからもう8年ですし」
葵「そんなになるのね。元気そうで良かった」
海「はい、おかげさまで。今は結婚して神島です」
葵「そう。良かった。幸せそうで。お母様は?」
海「はい。先生のおかげで今は元気にやってます。あの時は本当にお世話になりました」
葵「ううん。坂木さんが相談してくれたからよ。力になれて良かった。ありがとう」
海「あ! そういえば先生も大会見に来たんですか? もしかして先生が教えてる子が出てるとか?」
葵「うん、まあ、そんなとこかな・・」
海「えー! なんて方ですか? 私も応援します!」
葵「あ・・でも先生に見られてるなんて知られたら、緊張しちゃうかもしれないし。だからこっそり見にきただけなの」
海「そっか。先生も色々大変なんですね。あ、そうだ、帽子」
海、葵に帽子を渡す。
葵「ありがとう。じゃあ」
葵、帽子を被り去っていく。
海、葵を見送る。

◯同・観覧席
海、マコの隣に座る。
海「ただいま〜 さっきねーー」
マコ「おかえり! すごいよ! 海!」
マコ、笑顔で海に抱きつく。
海、驚いた様子で
海「え? なになに?」
マコ「多分だけど、リオン君、優勝だって!」
海「嘘!?」
マコ、スマホの画面を見せる。
マコ「ホント! さっき薫さん達が喜んでるの、聞こえたし!」

◯同・表彰台
2位と3位の選手が立っている。
司会「続いて、優勝はリーフサーフ所属、太刀獅丸君」
獅丸、表彰台に上がり、トロフィーと賞品のパネルを受け取る。
会場から拍手。

◯同・砂浜
獅丸、賢、ヒロ、薫など、リーフサーフ関係者が集まっている。
友人達、獅丸を祝うように体を叩いている。
獅丸「イタイ、イタイ、やめろ〜」
獅丸、笑顔。
海、獅丸の笑顔を見て思わず微笑む。
薫、手を叩き、口元を手で囲う。
薫「じゃあ、写真撮るからみんな、並んで~」
海とマコ、笑顔で並んでその様子を見ている。
獅丸、中央に座っているが、海とマコに気付いて手を振る。
獅丸「海さん、マコさん、こっちです!」
海とマコ、慌てて首を横に振る。
獅丸、立ち上がり二人の手を取り連れて行く。
獅丸「大勢の方が嬉しいですから」
獅丸、二人を座らせ、自分も座る。
海とマコ、顔を見合わせ微笑む。
海「あ、そうだ、マコ! 川合先生って覚えてる? 中学の時、英語の・・」
マコ「川合先生?」
海「ほら、川合葵先生だよ。さっき偶然会ったの。教え子の応援、来てたみたい」
マコ「あ、あの眼鏡の?」
海「そうそう」
賢の友人「あ、マコちゃん、こんなとこにいた! ほら、マコちゃんはこっちでしょ」
賢の友人、マコを強引に連れて行く。
マコ、賢の隣に立ち、恥ずかしそうにうつむく。
海、あっけに取られている。
獅丸、青ざめた顔で海を見つめている。
獅丸「海さん、さっき『川合葵』って言いました?」
海、獅丸を見る。
海「え?」
カメラマン「すみません、そこ、寄ってくださ〜い」
海、隣の人に押され、獅丸にぶつかる。
海「あ・・ヤダ、ごめん、獅丸君・・」
海、獅丸の顔を見上げる。
獅丸の顔が青ざめている。
獅丸「海さん、川合葵って、高城中学の?」
海、姿勢を正し、獅丸の横に座り直す。
海「そうだけど・・あ! もしかして獅丸君が教え子? なんかね、緊張しちゃうといけないからって、誰を応援しに来たか教えてもらえなかったんだよね~ ごめんね」
獅丸「・・母親です」
海「嘘! だって、あ・・」
獅丸「僕の母親、旧姓で仕事してたんで」
海「そうだったんだ。ごめんね、知ってたら教えたのに」
獅丸「言わなかったのは、あの人の方なんで。海さんは気にしないでください」
獅丸、微笑むが顔が引きつっている。
海М「あの人? 母親のこと、あの人って?」
カメラマン「じゃあ、撮りますね〜。あ、お姉さん、その賞品のパネル、一緒に持ってください!」
海「あ、はい・・」
海、獅丸と一緒に賞品のパネルを持つ。
獅丸、深呼吸し笑顔を作る。
カメラマン「じゃあ、みなさん、最高の笑顔で! はい、チーズ」

〇葉月家・リビング(夜)
棚にトロフィーが飾られている。

〇同・ダイニング(夜)
薫、ダイニングテーブルに座っている。
獅丸、入ってくる。
立ったまま薫を睨んでいる。
薫、獅丸と目を合わせ、
薫「獅丸、座ろっか。話、しよう」
獅丸「今日、母親が来ていたって聞きました」
薫「うん、そのことで。話そうと思ってた。あ、ちょっと待ってて」
薫、立ち上がり出て行く。
戻ってきた薫の手に手紙と封筒。
薫「(努めて明るく)まあ、座んなよ」
獅丸、薫を睨んだまま立っている。
薫、座る。
薫「まずは、ごめん。アンタが想像した通りだよ。私が、アンタの両親に、今日の試合のことを伝えた」
獅丸「僕をずっと騙してたってことですか? ここの子供になればいいって言ってくれた。親は選べばいいって言ってくれたじゃないですか? あの人が僕にしたこと、薫さんだって知ってますよね? なのに、どうして?」

◯回想・葉月家・玄関(3年前・深夜)
鳴り響くチャイム。

〇回想・同・リビング(3年前・深夜)
電気が点く。
ヒロ「誰だ、こんな時間に」
薫とヒロ、モニターをのぞき込む。
薫「え? 獅丸?」

〇回想・同・玄関(3年前・深夜)
薫、慌てた様子で玄関を開ける。
獅丸、倒れこむように入ってくる。
薫とヒロ、獅丸を支える。
薫「ヒロ、救急車!」
ヒロ「ああ、まずは一旦ここに寝かそう」
獅丸「・・待って」
獅丸、薫の腕を強く握る。
獅丸「救急車は呼ばないで」
薫「シシ、何言ってるの!」
獅丸「お願いだから・・」
薫とヒロ、顔を見合わせる。

〇回想・同・客間(3年前・深夜)
ベッドに獅丸が寝ている。
看護師、点滴の準備をしている。
傍らに医者。
薫とヒロ、心配そうに見ている。
医者「悪いがよろしく」
看護師、頷く。
看護師「わかりました」
医者、薫とヒロに目配せし、3人出て行く。

〇回想・同・リビング(3年前・深夜)
医者、薫、ヒロが座っている。
薫「ありがとうございました。あの、あの子は・・?」
医者「栄養失調を起こしているようです。おそらく絶食状態にあったのでは? しばらくは消化のよいものを少量ずつこまめに与えてください」
薫「絶食状態?」
医者「ええ。それから・・手首と足首には・・縛られていたような痕がありました・・警察には?」
薫「いえ、まだですけど。まずは、あの子と話してみます。何があったのか・・」
医者「そうですか・・しばらくは安静にしていただいて、何か気になるようであればまたご連絡ください。では、お大事にどうぞ」
医者、立ち上がる。
薫とヒロ「ありがとうございました」
薫とヒロ、立ち上がり頭を下げる。

〇回想・同・客間(3年前)
獅丸、ベッドに寝ているが目を覚ます。
傍らには薫。
獅丸「あ・・」
薫、獅丸を見る。
薫「あ、起きた! 良かった! 獅丸、おなか空いてるでしょ。今持ってくるからね」
X X X
獅丸、起き上がりベッドの上でお粥を食べている。
薫、獅丸を見つめている。
薫「ごめんね。物足りないだろうけど、我慢して。胃が、だいぶ小さくなっているみたいだから、ちょっとずつね」
獅丸、頷く。
獅丸の手首に手錠の跡。
薫、そっと獅丸の手首に触れる。
獅丸、体を反応させるが、食事を続けている。
薫「一体、何があった? 動けるようになったら、警察、行こう」
獅丸、食器を置く。
獅丸「警察には・・行きません。あの、薫さん、僕をここに置いてもらえないでしょうか? 何でもします! 家のことでも、店のことでも!」
薫「ここにいるのは構わない。だけど、まずはご両親に連絡しないと。心配してるだろうし」
獅丸「あの・・両親なんです。僕にこんなことしたの・・」
薫「え?」

◯回想・太刀家・ダイニング(3年前・夜)
T「1か月前」
葵が座り、パソコンで仕事をしている。
テーブルの上には夕食があり、ラップがかけられている。
獅丸、入ってくるが葵に驚く。
獅丸「うぉ! ビックリした! おかえりなさい、じゃなかった、ただいま」
葵「おかえり。お腹、空いたでしょ」
葵、パソコンを閉じて鞄の中にしまう。
葵「手、洗ってきなさい」
葵、微笑む。
獅丸、戸惑いながら頷き、出て行く。
X X X
葵と獅丸、食事をしている。
葵、手を止め獅丸を見つめる。
葵「サーフィン、続けてるの?」
獅丸、一瞬動きを止めるが、食べ続ける。
獅丸「うん」
葵「前に話したことは? 将来のこと、ちゃんと考えなさいって」
獅丸「・・ごめん。でもやっぱりサーフィン続けたい。そのこと、話そうと思ってた」
葵「そう。で、その髪は?」
獅丸「憧れのサーファーがいて、その人の真似」
葵「獅丸、趣味ならいいわ。だけど、あなたには今そんな時間無いでしょ? 塾にも行ってないみたいだし。教師になるんでしょ? 勉強しないと」
獅丸「そのことなんだけど・・教師にはならない。サーフィン続けたい。上手い人は、5歳位からやってるんだ。そういう人に追いつくには、時間が足りないんだよ」
葵「教師になる夢は諦めたの?」
獅丸「夢っていうか・・あれは、そう言ったら母さんが喜ぶと思って。本当は、なりたいものなんてなかった。初めてなんだ。こういう感覚。僕の細胞の一つ一つが、『やりたい!』って叫んでる。だから、続けさせてほしい。続けさせてください!」
葵「本気なの?」
獅丸、葵の目を見て頷く。
葵「そう。仕方ないわね。分かった」
獅丸「え? ・・ありがとう」
獅丸、嬉しそうに食事を続ける。
葵、獅丸を見つめている。

◯回想・葉月家・客間(3年前)
獅丸、空の食器を見つめている。
獅丸「やけに物分かりがいいと思ったんです。もっと反対されると思ってて。でも、その日、やたらと眠くて、つい、ソファで寝ちゃったんです。そしたら・・」

◯回想・太刀家・洋室(3年前・夜)
獅丸、目を覚ます。
獅丸「うわ、寝てた! 風呂!」
獅丸、起き上がろうとするが違和感。
両手足首に手錠がかけられている。
裸の状態でオムツ。
獅丸、恐怖で顔が引きつる。
恐る恐る部屋を見渡す。
ベッド以外に何もない部屋。
ベッドの脇には、哺乳瓶のようなものがかかっており、水が入っている。
獅丸「どこ?」
葵、入ってくる。
葵「起きたのね」
獅丸「え? どういうこと? 何これ?」
葵「獅丸が考えを改めるまで、待とうと思って」
獅丸「え?だってさっきは・・」
葵「いい加減にしなさい! サーフィンなんかで食べていけるわけ、ないじゃない!」
獅丸「じゃあこれは?」
葵「食べていけないってどういうことか、体験してみなさい。今のあなたの生活がどれだけ恵まれてるか。お母さんたちがどれだけあなたのためにがんばってきたのか、一度よく考えなさい!」

◯回想・葉月家・客間(3年前)
獅丸「水しかもらえなかったんです。最初はちょっと怒ってるだけだと思ったんですけど、それが3日くらい続いて・・」
薫「なんだよ、それ!」
獅丸「正直日にちもよくわからなかったんですけど、毎日夕方5時に音楽が流れるんで、それで多分・・」

◯回想・太刀家・洋室(3年前)
葵、獅丸の傍らに座っている。
葵「分かったでしょ? どれだけ辛いか。あなたは今、大事な分かれ道にいるの。お願いだから、前の獅丸に戻って。お母さんをこれ以上苦しめないで」
獅丸「・・サーフィンはやめたくない。分かってください」
葵「本当にやりたいなら、大学に入ってから趣味でやればいい。今やることないじゃない、ね」
獅丸「今まで、母さんの言うように生きてきた。教師になりたいって言ったのも、母さんが喜ぶと思ったから。今は、何をしても、ついサーフィンのことを考えてしまう。こうしている時に練習できたら、もっとうまくなれるんじゃないかって。僕だっておかしいって思ってる。けど、体の奥が熱くて、やらずにいられないんだ」
葵、出ていく。

◯回想・ゴミ集積場所(3年前)
葵、ゴミ出しをしている。
近所の主婦が寄ってくる。
主婦「おはようございます。そう言えば獅丸君、この前見かけたら髪の毛の色がすごいことになってましたよ」
葵「すみません、私の目が行き届いてなくて」
主婦「先生も大変ですよね? この前ニュースで見ました。サービス残業当たり前なんですって? 私なんて自分の子供育てるだけで手いっぱいだから、本当に太刀さん尊敬するわ〜」
葵「とんでもないです。失礼します」
葵、去っていく。

◯回想・太刀家・ダイニング(3年前)
獅丸の父・太刀勇(52)と葵、立っている。
勇「母さん、ちょっとやりすぎなんじゃないか?」
葵「私は! 一生懸命頑張って積み上げてきたのよ。こんなところで崩されるわけにはいかないの。私はね、教師なの。自分の子供もまともに育てられないって思われたくない! 獅丸だって、いつか私達に感謝する日が来るわ。私にはその姿が見えているのよ。水だけで1か月は生きられる。たった1か月よ。長い人生のたった1か月。これで獅丸の未来が変わるんだとしたら、今が頑張り時だと思わない?」

◯回想・葉月家・客間(3年前)
獅丸、空の食器を見つめている。
獅丸「毎日、『考えを改める気になった?』って聞かれるんです。『考えを改めるってなんだろう』って思ってました。僕が確かに感じているこの情熱は、間違っているんだろうかって。じゃあ、世界で活躍してるサーファーの人達は、僕が心を掴まれた人達は、間違ってるんだろうかって。そう思うと、どんなにお腹が空いても、あの人の問いかけに頷く事ができなかった。僕、自分が教師になった未来を考えたんです。でも、そこには死んだような顔をした僕しか見えなかったんです」

◯回想・太刀家・洋室(3年前)
勇、入ってくる。
獅丸「父さん? 助けて!」
勇「静かに!」
勇、持ってきた道具で獅丸の手錠を切る。

◯回想・アパート・室内(3年前)
ワンルームの殺風景な部屋に布団が置かれている。
勇、獅丸を支えるようにして入ってくる。
獅丸はガウンのようなものを着ている。
勇「待ってなさい。今、布団敷くから」
勇、獅丸を座らせ、布団を敷き始める。
獅丸「ここは?」
勇「・・私が借りている。母さんには内緒だぞ」
X X X
獅丸、布団に座りパックに入ったゼリーを飲んでいる。
勇「こんなものしか用意できてなくてすまない。・・カップ麺が食えなくなってるなんて」
獅丸「食べれると思ったんだけど、無理だった。ごめん」
勇「謝るのはこっちの方だ。辛かったろ」
獅丸「でもこんなことしたら、母さんに怒られない?」
勇「獅丸が気にすることじゃない。こんなやり方は間違ってる。私が強く反対できなかったのが悪いんだ。母さんは、いつも頑張ってる。そういう母さんを好きになった。でも、時々息苦しく感じることもある。だからここを借りるようになった」
獅丸「・・父さんも、サーフィンには反対?」
勇「・・獅丸が生きがいを感じられる仕事をしてほしいとは思う」
獅丸「サーフィンでもいいってこと?」
勇「・・私は、ずっと誰かの夢に乗っかって生きてきた。誰かが何かをやりたいって思う時のエネルギーはすごいんだ。獅丸がそういうものを見つけたのなら、私はその夢に乗っかりたいとは思う」
獅丸「じゃあ、母さんを説得するの、手伝ってよ」
勇「・・すまないが、それはできない」
獅丸「どうして!」
勇「母さんは母さんで夢がある。お前を立派な教師にする夢だ。私もそれに賛成してきた。だけどこれは流石にやりすぎだと思ったから、お前をここに連れてきた。母さんもお前も少し冷静になる時間が必要だと思う」
獅丸「じゃあ!」
勇「獅丸、大人しく大学に行きなさい。サーフィンは、今更お前が努力してものにできるほど甘い世界ではないだろう?」
獅丸「・・」
勇「とりあえず、風呂にでも入れ。ひどいニオイだ。服もそこにあるから」
獅丸「父さんは?」
勇「・・今日は帰る。母さんに言わないと。また見に来る。金も少しだが、あの引出しの中に入っているから」
勇、立ち上がり出て行く。

◯回想・葉月家・洋室(3年前)
獅丸、薫を見つめる。
獅丸「それで、そのアパートから逃げてきたんです。だから、ここに置いてもらえませんか? なんでもします。だけど、警察には言わないでください」
薫「・・分かった。そんな家には、もう帰らなくていい。私がアンタを守るから。ここの子供になればいい。親は選べばいいんだよ」

〇葉月家・ダイニング(夜)
獅丸「僕をずっと騙してたってことですか? ここの子供になればいいって言ってくれた。親は選べばいいって言ってくれたじゃないですか? あの人が僕にしたこと、薫さんだって知ってますよね? なのに、どうして?」
薫、封筒と手紙を見つめている。
薫「そうだよ。確かに言った。その気持ちに嘘はない。私は今でもシシの親だって思ってる。騙しているつもりはないんだ。でも、シシにとっては違わないか。ずっとシシの両親と連絡を取り合ってたこと、黙ってたわけだから」
獅丸、テーブルを叩く。
獅丸「ずっと信じてたのに! いつから?」
薫「シシが来て、1週間くらい経った頃かな。アンタの両親が店に来たんだよ」

〇回想・リーフサーフ・店内(3年前)
ヒロと薫、困惑した表情で立っている。
勇と葵、疲れ切った様子で頭を90度以上下げている。
葵「お願いします。もし万が一ここに来るようなことがあったら必ず連絡してください」
葵、連絡先を書いた紙を渡す。
ヒロ「あの・・警察に連絡は?」
勇と葵、顔を見合わせる。
勇「・・警察には、その、まだ・・」
ヒロ「なぜ? 子供がいなくなってるんだ! 心配じゃないのか?」
勇「それは・・」
薫「そんな子知らないし、ここには来てないよ」
勇「あ・・」
葵「あの、ご迷惑おかけしました。(勇に)いいから」
勇と葵、お辞儀をして出て行く。
ヒロ「なんて親だ! 獅丸をあんな目に遭わせて、それがバレるのが怖いから警察にも言えないんだろ! いいか、あんな親のところに絶対連絡するな!」

〇葉月家・ダイニング(夜)
薫「ヒロはそうやって怒ってたし、もちろん私も怒ってたよ。でもね、気付いたんだ。私もアンタの両親と同じ。アンタにひどいことをしてるって」
獅丸「・・なんのことですか?」
薫「私にはね、子供がいたんだ。今生きていれば、アンタと同い年。生まれつき心臓が弱くて、長く、生きられなかった・・」
獅丸「・・」
薫「シシがここに来るようになって、誕生日を聞いた時、心臓が止まるかと思った。私があの子を生んだ同じ日に、アンタも生まれたんだ。他人だと思えなかった。ヒロに懐いて、サーフィンに夢中になって、髪の色をブリーチしてきて・・シシの両親には申し訳ないけど、ずっとここにいてほしいと願ってしまった。何度もアンタを自分の子供と重ねてた」
獅丸「・・」
薫「それでも、どこかでシシのことを、あの子が連れてきてくれたんじゃないかとさえ、思うようになってた。そう思うことで、シシを息子と重ねて見ていること、許してもらえている気がしてたんだ」
獅丸「・・」
薫「そんな時、急にアンタが来なくなった。どうしようもなく寂しくてさ、そしたらヒロに『アイツくらいの年齢なら、興味はすぐに変わるもんだ。サーフィン熱が冷めたんだよ』って言われて、アンタのことを忘れようとしてた。そしたら突然死んだような顔のアンタが来た・・許せなかったよ。どうして子供が好きなことをさせてあげないんだって。生きてたらなんだっていいじゃないかって。だから・・アンタの両親が訪ねて追い返した時はね、そりゃ、いい気分だったよ。アンタをひどい親から守れたって誇りにさえ思った。そっか、このためにあの子が出会わせてくれたんだとさえ思えたんだよ」
獅丸「それなら、どうして・・」
薫「正直言うとね、勝手に意地悪な顔の両親を想像してたんだよ。でも実際に来たアンタの両親は、真面目そうで、ひどく衰弱してた。その顔がどうしても頭から離れなくて、『ああ、昔の私、きっとあんな顔してたんだろうな』って。シシがこうして生きているのに、知らないなんて嘘をついて苦しめている私はなんて罪深いんだろうって。勝手に自分の中で正当化してたけど、自分の息子とアンタを重ねて見ていることは、アンタにも、あの子にも、アンタの両親にも、そして自分自身にも失礼なことをしてるって気付いちゃったんだよ。そしたら、いてもたってもいられなくなって、気付いたらアンタの両親に連絡してた」

〇回想・太刀家・リビング(3年前)
薫、ソファに座り深々と頭を下げている。
薫「申し訳ありませんでした」
勇「葉月さん、どうか、頭を上げてください。お願いします」
薫、おそるおそる頭を上げ、二人を見つめる。
勇「謝るのは私たちの方です。葉月さんには本当にご迷惑をおかけしました」
勇と葵、頭を下げる。
勇「獅丸が出て行ったのは、もともとは私たちの責任です。あの子には、とても言葉に言えないようなことをしてしまった。あの子が出て行った後も、私たちは、それでも世間体というものを気にして、警察へ捜索願を出すこともしなかった。近所の人にも、留学させたとか嘘をついてね。ひどい親ですよ。親を見捨てて当然のことをした。それでもあなたが救ってくれた。本当に感謝しています」
葵「言い訳にしかならないことは、分かっているのですが、部活の顧問になったばかりで、休みもなく、疲れ果てていたんです。それでも、学年主任へのステップだと言われて、私も、欲が出てしまった。最後のチャンスだと思ってしまった。そんな時、獅丸が髪の色を変えて帰ってきたんです。塾からもずっと欠席が続いていると連絡を受けて・・獅丸にも何度も注意したんですが、全く反応がなくて。今思うと、私もどうかしてたんです。近所の人の些細な言葉に過剰に反応してしまって、『教師なのに、自分の子供もまともに育てられない』って思われている気がしてしまって。あの子が家を出て行ったとき、ほっとした自分もいたんです。それでも、誤解しないでいただきたいのですが、私たちは獅丸の幸せを考えなかった日はありません」
薫「私には、息子がいたんです。でも、元々体が弱くて、長く生きられなかった。獅丸君は、息子と違って、とても丈夫な体を持っています。私は、あなたたちが羨ましい。『明日は生きているだろうか?』って心配をしなくていいんです。だから、どんな事情があろうと、獅丸君をあんな目に遭わせたことに関しては、私の怒りは収まっていないんです。獅丸君をあなたたちのところに戻すわけにはいかないんです。今日は、獅丸君のことを知らないと言ってしまったことのお詫びと、獅丸君が元気だということをお知らせにきただけです」
薫、立ち上がり帰ろうとする。
勇と葵、慌てて立ち上がる。
葵「待ってください、葉月さん」
勇「葉月さんのお怒りはごもっともです。私たちには獅丸に会う資格さえ、もう、ないのかもしれない」
葵「いえ、かもしれない、ではなくて、もう、ないのよ。でも、葉月さんのおかげで獅丸が無事だということが分かりました。本当にありがとうございます」
葵、薫の手を取り、封筒と手紙を渡す。
葵「私たちは獅丸の幸せを考えなかった日はありません。でも、その方法を間違えてしまった。後悔してもしきれません。こんなこと、葉月さんにお願いするのはあまりにも図々しいと思っているのですが、もし、獅丸が少しでも私たちのことを許そうと思える日が来たら、渡していただけないでしょうか? 私たちはずっと獅丸のことを待っています」

〇葉月家・ダイニング(夜)
薫、手紙と封筒を獅丸の方へ寄せる。
薫「シシへの手紙と、お金だよ。お金は、アンタにかかった費用を払わせてくれって渡されたけど、使えなかった。大学に行かせるために、貯めてたそうだよ。アンタも働くようになったから、分かるだろ。それを貯めるのがどれだけ大変かってこと」
獅丸「・・」
薫「獅丸が当たり前のように受け取っていたこと、どれだけありがたいことか、分かるよね?」
獅丸、頷く。
薫「・・それから、シシの両親へ連絡をするようになった。最初はね、それでも許せなかった。大事な人を失って、取り返せない痛みを味わい続ければいいと、苦しむ姿を見続けたいとさえ思っていた。シシの無事を連絡することで、優越感を感じている自分もいたんだ。でもそのうち、私にいつか言った言葉は嘘じゃないと思うようになった。シシの幸せを考えなかった日はない、っていう言葉。だから今日の大会を教えた。ただし、絶対に自分の存在は知らせないってルールでね」
獅丸「・・そういうことだったんですね。なんか・・すみません。薫さんにそんな迷惑かけてるなんて知らなくて」
薫「迷惑なんかじゃないよ。シシがいてくれて本当に楽しかった」
獅丸「僕もです。薫さんをからかうの、楽しかったです」
薫「おい!」
二人、笑う。
薫「・・ねえ、シシ。私は今でもアンタの両親がアンタにしたことは、許してない。許す必要もないと思ってる。けど、あの人たちを許すことはできると思うんだ。・・ごめんね。他人だから言えることなのかも」
獅丸「・・薫さんは、他人じゃないですよ。だから、もう少しこれ、預かっていてもらえませんか? その時が来たら、僕から言います」
獅丸、手紙と封筒を薫の方へ寄せる。
薫「分かった」
獅丸、立ち上がり伸びをする。
獅丸「あ~ お風呂でも入ろうかな。今日は疲れた」
薫「だな。さっさと入れ。あ、そういえばシャンプーの位置、変えただろ」
獅丸「うっさいな~ そんなに細かいから結婚できないんですよ」
薫「は? アンタがいるから結婚できないって言ってんだろ! 大体私はシャンプーの位置は左って決めてんだよ!」
獅丸と薫、じゃれ合っている。

〇同・洋室(夜)
ヒロ、考え事をするように、座っている。

〇同・ベランダ(夜)
ヒロと薫、ベランダで缶ビールを持ち、月を眺めている。
薫「今日はありがとね」
ヒロ「いや、獅丸のために俺がやりたくてしたことだ」
薫「明日、帰るんだろ」
ヒロ「その予定だったが・・もう1週間伸ばすことにした」
薫「は?」
ヒロ「やることができてな」
薫「やること?」
ヒロ「・・薫、さっきの獅丸との話、聞こえてた。ハワイに来れないことと、何か関係あるのか?」
薫「・・まあね。ごめん。誰にも言うつもりはなかったんだけどさ、あの流れで言わないことには納得しないだろうって思って。そう。ハワイに行けないことと関係・・ある」
ヒロ「・・」
薫「聞いたと思うけど、息子がいたの。獅丸と同じ年の子。心臓が弱くて、長く生きられなかった。私ね、若い頃、仲間と一緒に結構無茶してたんだよね。旦那は・・あ、その子の父親はね、真面目な人で、私以外に付き合った人がいなかったのよ。息子が産まれて、心臓が弱いことが分かって。そしたらそいつ、私のせいだって言うのよ。でも、私も思い当たること、ないわけじゃないからさ、何も言えなかった。もしかしたら私のせいなのかとも思った」
ヒロ「薫、それは違う。薫のせいじゃない」
薫「そう思いたいんだけどね。でも、そんなのわかんないじゃん。で、そのやり取りを聞いてた息子が言ったのよ。『僕がこの体に産んでって、神様に頼んだからだよ。ほかの友達より長い時間お母さんと一緒にいたかったからなんだ。お母さん、僕をこの体に産んでくれてありがとう』って。本当に優しい子だったんだ」
ヒロ、薫の肩を抱き、さする。
薫「私はね、あの子がいなくなった後も、ずっとあの子と一緒に生きてる。怖いんだよ。ハワイになんて行っちゃったら、あの子と一緒に過ごした思い出を捨てるような気がして」

◯情景(夜)
夜の海を照らす月。

【計画女と波乗りライオン】3話2024年05月10日 22:00

〇レストラン・中(夜)
マコと賢、テーブルに座っている。
テーブルにはコーヒー。
マコ「おいしかった~ 雰囲気も素敵だし、いいレストラン知ってるんだね」
賢「うん。いいでしょ、ここ。あ、まだ時間大丈夫?」
マコ「うん」
賢、マコの手を握る。
賢「・・朝まで一緒にいたいんだけど、いい?」
マコ「・・うん。明日・・休みだし」

◯ラブホテル・外観(夜)
ライトアップされた竜宮城の形のホテル。
車が止まる。

〇同・室内(夜)
賢とマコ、入ってくる。
マコ、緊張した様子でバッグのストラップを握っている。
賢、フッと笑い
賢「とりあえず、そのバッグ置こうか」
マコ、頷く。
賢、マコからバッグを外し、テーブルに置く。
2人、見つめ合う。
賢、マコにキスをしながら自分の上着を脱ぐ。
上着をテーブルの上に置くが、バッグに当たって落ち、バッグの中身が出る。
賢「あ、ごめん」
賢、バッグの中身を拾おうとするが、
マコ、賢の腕を触る。
マコ「大丈夫。後にしよ」
賢、頷きマコを両手で抱える。

〇同・ベッド(夜)
賢、マコをベッドに寝かせる。
二人、キスをしながら服を脱いでいく。
下着姿のマコを賢が見つめる。
賢「かわいい」
賢、マコの下着にキスをするが、
マコ、慌てて
マコ「ごめん、やっぱり・・シャワー浴びていい?」
賢「俺は気にしないけど・・気になる?」
マコ「うん。気になる」
賢「わかった。先に行っていいよ」
マコ、出て行く。
ベッドに寝転び、マコを見送る賢。
賢、おもむろに立ち上がる。

〇同・室内(夜)
賢、マコのバッグを拾う。
落ちているスマホの待ち受け画面。
賢とマコの写真。
賢、フッと笑う。
賢、スマホをバッグに入れる。
落ちている財布なども拾い、入れる。
バッグをソファの上に置き、座る。
ソファの下に鍵が落ちている。

〇同・ベッド(夜)
賢とマコ、横になっている。
マコ、賢の横顔を見つめている。
賢、視線に気付き、
賢「ん?」
マコ「ううん。なんでもない」
マコ、賢に体をすり寄せる。
マコ「今日は、ありがとう」
賢「俺の方こそ。ありがとう」
賢、マコのおでこにキスをする。
マコ、照れたように微笑む。
X X X
賢、寝ている。
マコ、賢を見つめほほ笑み、賢の肩に頭を乗せる。
賢「詩穂・・愛してる」
賢、マコを抱きしめ、キスをする。
マコ「え? 詩穂?」
マコ、賢の顔を見つめる。
賢、眠っている。

〇同・同(朝)
マコ、ベッドに横になっている。
目を開けてシャワーの音がする方を見ている。
マコM「詩穂って誰だろう。聞き間違いじゃないよね? マコと詩穂って全然違うし」

〇同・浴室(朝)
賢、シャワーを浴びている。
賢、微笑んでいる。
賢M「詩穂以外の子と・・初めてか? いや、初めてじゃないけど、多分久しぶり。ていうか、ラブホなんていつぶりだ? 夜は平気だったけど、朝ってなんか、、照れるよな」

〇ファミレス・店内(朝)
賢とマコ、テーブルに座り朝食を食べている。
マコ、明らかに元気がない様子。
賢「大丈夫?」
マコ「あ、うん」
賢「・・」
賢M「ん? なんで元気がない? これって・・」
マコ「あ、ねえ、前の彼女ってどのくらい付き合ってたの?」
賢「ああ、8年、とか」
賢M「前の彼女? なんで今?」
マコ「そっか。すごいね! 8年か・・」
賢「・・」
賢M「すごい? これは・・ほめてる? わけないか・・」
二人M「気まずい・・」
二人、うつ向き食事を続けている。

〇マコのアパート・前の道路(朝)
車が止まる。

〇車・中(朝)
運転席に賢、助手席にマコが座っている。
賢「じゃあ、また」
マコ「うん。送ってくれてありがとう」
マコ、車から降りる。

〇同・玄関ドア前(朝)
マコ、鍵を取り出そうとバッグの中を探る。
マコ「え? 嘘」
マコ、バッグの中身を全部出す。
マコ「やっぱり・・鍵がない。あ!」

〇回想・ラブホテル・室内(夜)
賢、マコにキスをしながら自分の上着を脱ぐ。
上着をテーブルの上に置くときに、バッグが落ち、中身が出る。

〇マコのアパート・玄関ドア前(朝)
マコ、頭を抱える。
マコ「あ~! 絶対あの時だ!」
マコ、スマホを手に取り電話をしようとするが、電池切れ。

〇同・前の道路(朝)
マコ、慌てた様子で走ってくる。
立ち止まり、賢の車を探すが、見当たらずがっくりと肩を落とす。
マコ「いるわけないか」

〇道(朝)
マコ、トボトボと歩いている。
マコ「どうしよう・・とりあえずコンビニで充電しようかな」
ふと顔を上げるとハンバーグの看板。
マコ「あ!そうだ、海いるかも!」

〇レストラン風・店内(朝)
海を含むスタッフが開店の準備をしている。
バイト、入ってくる。
バイト「海さん、海さんの友達って人が来てますけど」
バイト、外を指差す。
海「え?」
海、窓の外を見る。
マコが立っている。
海「え? マコ?」

〇車・中
海、運転している。
助手席にはマコ。
マコ「ごめんね~」
海「いいのいいの。でも・・」
海、笑う。
海、マコを見てまた笑う。
マコ「ひどい、そんなに笑わなくても」
海「ごめん、ごめん。あ、充電する?」
マコ「うん。ありがと」
マコ、スマホを取り出し充電をする。

〇ラブホテル・前
車が止まる。

〇車・中
海、ホテルを見る。
海「ここ?」
マコ「うん。夜だから雰囲気違うけど、多分ここだと思う・・」
海、爆笑する。
海「竜宮城って! 賢君、面白すぎ!」
マコ「海、笑いすぎだから。じゃあ、行ってくる」
マコ、車から降りる。

〇ラブホテル・受付
マコ、入ってくる。
マコ「すみません。あの、昨日泊ったんですけど、鍵、落ちてなかったですか? 犬のキーホルダーついてる鍵なんですけど」
受付の女性「あ! よかった~ これじゃない?」
女性、鍵を見せる。
マコ「それです! ありがとうございます」

◯車・中
マコ、助手席に乗る。
海「あった?」
マコ「うん。ソファの下に落ちてたみたい。ありがと」
海「うん。でも良かったね〜 賢君と付き合うことになって」
マコ、うつむく。
マコ「ううん。多分そういうのじゃないと思う。彼、モテる人だし」
海「そういうのじゃないって? え? ダメだよ。そういうの、ちゃんとしたほうがいいと思う」
マコ「・・海には分かんないよ。人生計画通り、結婚して幸せそうな海には」
海「え? マコ? ごめん、私、そんなつもりじゃ・・ごめん」
マコ、ため息をつく。
マコ「・・ううん、こっちこそごめん。昨日まで超幸せだったんだよね。賢君に誘ってもらって、オシャレなレストランで食事して、朝までいたいとか言われて。そしたら、それだけで充分って思っちゃった」
海「マコ・・」
マコ「でも欲張りなんだよね、私。賢君に誘われて、それだけで満足してたはずなのに、多分、どっかで期待してたの。『付き合おう』って言ってくれるんじゃないかって。でも、朝になったら、賢君なんかそっけなくて。だってそうだよね。彼女じゃないんだし。誘われてただついてっただけの知り合い」
海「そんなことないよ! 好きじゃないなら、そういうとこ、誘わないと思うし」
マコ「8年付き合ってたんだって。前の彼女。絶対勝てるわけないよ」
海「8年・・長いね」
マコ「・・うん」
海「・・」
マコ「ほら! 海だって無理って思ったでしょ!」
海「まさか! そんなことないない」
マコ「ホント~? まあ、いっか。うん。大丈夫! 賢君がダメでも、カッコいいサーファーいっぱいいるし! 海、またボディボード付き合ってくれるでしょ?」
海「あ・・」
マコ「え?」
海「ううん、なんでもない。そうだよ、頑張ろう! 賢君だけがサーファーじゃない!」
二人、笑う。

〇神島家・リビング
海と仁枝、入ってくる。
仁枝「海さんごめんね」
海「あ、いえ、お話ってなんですか?」
仁枝「今度の定休日なんだけど、みんなのお夕飯、頼める? 面倒だったら出前取ってくれてもいいし」
海「あ、全然大丈夫ですよ」
仁枝「ありがとう~ 助かる。美羽ちゃんとお出かけしようってことになったんだけど、昼間家の用事があること忘れてて」
海「美羽ちゃんと? 珍しいですね」
仁枝「あの子ね、今まで外食したことないんですって。だから、ショッピングモールのイタリアン、行こうと思って。ドルチェのバイキングやってるでしょ?」
海「はい。あそこのドルチェ美味しいですよね!」
仁枝「うん。だからごめんね。よろしく」
海「分かりました。その日は早く帰ってくるようにします」

〇神島家・太一の部屋(夜)
海、ベッドの上で太一の腰をマッサージしている。
海「今度の定休日の話、聞いた? お母さん、美羽ちゃんとお出かけするんだって。いつの間にそんなに仲良くなったんだろ」
太一「さあ? 一番年下だし、バイトもしたことないみたいだから、気にかけてやってるだけじゃない?」
海「ふうん。あ、そうだ、太一、お願いがあるんだけど、ボディボード続けさせてくれない? マコ、もう少しボディボードの練習付き合ってほしいんだって。スクールにはもう行かないし、マコと二人だけだから。お願い」
太一「う~ん、じゃあ、サーファーに声かけられてもついてったりしない?」
海「なにそれ。ついてくわけないじゃん。そもそも話しかけられたりしないし」
太一「・・」
海「わかった、わかった。ついてきません」
太一「ホント?」
海「ホント。だから、いい?」
太一「わかった、いいよ」
海「ありがと。太一、大好き!」
海、太一に抱きつく。

〇井上自動車・事務所(日替わり)
マコ、スマホを見てため息をつく。
マコ母「何? さっきから気になるんだけど」
マコ「なんでもない」
マコ母「じゃあ、それ、しまっときなさい」
マコ「ねえ、お母さん。お父さんとは恋愛結婚だっけ?」
マコ母「そうだけど?」
マコ「やっぱなんでもない」
マコ母「もう!」

〇マコのアパート・寝室(夜)
マコ、ベッドに横になりスマホを見ている。
マコ「全然連絡ないし・・あ~もう」
X X X
(フラッシュ)
ラブホテル。
賢、マコの下着にキスをし、
賢「かわいい」
X X X
マコ、起き上がり下着の入った箱を開け、見つめる。
マコ「何がダメだったんだろ・・」
X X X
(フラッシュ)
ラブホテル。
賢とマコ、寝ている。
賢「詩穂・・愛してる」
賢、マコを抱きしめる。
マコ「え? 詩穂?」
X X X
マコ「詩穂って絶対元カノだよね。『愛してる』って。絶対、私、無理じゃん」
マコ、布団の中に顔を埋める。

〇賢のアパート・寝室(夜)
賢、ソファに座ってスマホを見ている。
マコとのメッセージの画面。
新着メッセージは何もない。
賢、ため息をつく。
賢「やっぱりその日にホテルはまずかったかな。朝、元気なかったし」
玄関の方から音がする。
賢、立ち上がり出て行く。

〇同・玄関(夜)
元カノの詩穂(26)、買い物袋を持って入ってくる。
賢、立っている。
詩穂「あ、賢。今晩泊めて」
賢「え? 詩穂? ・・俺たち、別れたよね?」
詩穂「別れたよ? 別れて、友達になった。あ、だから合鍵、持ってていいでしょ?」
賢「・・友達?」
詩穂「うん、友達として泊めて」
詩穂、買い物袋を持ち上げる。
詩穂「宿泊代。賢が前に『美味しい』っていってくれたやつ、作ってあげる」
詩穂の笑顔。

〇ショッピングモール・店内(夜)
仁枝と美羽、洋服を選んでいる。
仁枝、美羽に服をあてる。
仁枝「これなんかどう?」
美羽「え? なんで私に?」
仁枝「美羽ちゃんの洋服買いたいの。お古ばっかじゃ嫌でしょ」
美羽「ダメです! そんなの」
仁枝「ダメじゃないの。これは、おばさんが楽しんでるだけ」
X X X
美羽、マネキンの洋服を見ている。
仁枝、美羽の視線をたどる。
仁枝「あのマネキンが着てる服、試着できる?」
店員「はい。もちろんです。サイズは?」
仁枝「Mでいい?」
美羽、慌てて首を横に振る。
美羽「ダメです、ホントに」
仁枝「遠慮しないの。(店員を向き)じゃあとりあえずМで」
店員、笑顔で頷き、洋服を持ってくる。
店員「色違いもありますので、よければ両方お試しください。試着室へどうぞ」
店員、歩き始める。
美羽、仁枝の袖を引っ張り小声で話す。
美羽「し、試着って何すればいいんですか?」

〇同・試着室・前(夜)
美羽、洋服を着た状態でカーテンを開ける。
仁枝「いいじゃない。もう一つの方も着てみたら?」
美羽、首を横に振る。
美羽「・・こっちがいいです」
仁枝「そう。じゃあ、それにしよっか。そのまま着てく?」
美羽「そんなこともできるんですか?」
仁枝「もちろん。(店員に向かって)あ、タグ切ってもらえる? あと、着ていた服、持って帰るから袋もお願いね」
店員「かしこまりました」
美羽、仁枝のやり取りを目を輝かせて見ている。

〇同・イタリアンレストラン・店内(夜)
美羽と仁枝、座っている。
テーブルには料理が乗っている。
仁枝、美羽に料理を取り分ける。
仁枝「たくさん食べて。足りなければまだ頼むから遠慮しないで」
美羽「ありがとうございます! こんなの、初めて!」
仁枝、嬉しそうに美羽を見つめる。
X X X
美羽、皿にドルチェを乗せて歩いてくる。
仁枝、コーヒーを飲んでいる。
仁枝「美羽ちゃん! 全部持ってきたの?」
美羽「うん。だって全部美味しそうだったんだもん。おばさんも一緒に食べよう」
美羽、座って仁枝にフォークを渡す。
二人、楽しそうにドルチェを食べ始める。

〇賢のアパート・ダイニング(夜)
賢、キッチンで料理をする詩穂の後姿を見ている。

〇同・キッチン(夜)
賢、詩穂に後ろからハグをし、首筋にキスをする。
詩穂「もう、危ないから。料理中」
賢「これでも、友達?」
詩穂、包丁を置き振り返る。
詩穂「友達だよ」
詩穂、賢にキスをする。

〇同・寝室(夜)
賢と詩穂、裸でベッドに寝ている。
賢、詩穂の体にキスをしている。
賢「これでも、友達?」
詩穂、賢に向き直る。
詩穂「言ったでしょ? 友達。やっぱ私たちって体の相性最高だよね」
賢「新しい男とは?」
詩穂「うん。新鮮だし刺激的だけど、やっぱ8年て長い。ちょっとしたことで『賢だったらこう言うのに・・』とか『賢だったらこうするのに』って考えちゃう」
賢「別れれば? で、俺とまた付き合う、とか」
詩穂「・・また同じことの繰り返しだよ? 何度も話し合ったし、きっと何も変わらない。賢も私も譲れなかったじゃん」

〇回想・同・同(2か月前・夜)
賢と詩穂、裸でベッドに寝ている。
詩穂「ねえ、賢。これで本当に最後ってこと?」
賢「・・」
詩穂「私のこと、好きじゃないの?」
賢「詩穂こそ、俺のこと好きじゃないの?」
詩穂「好きだよ。でも、うちの会社に入ったら今より年収だって上がるし、キツいトレーニングだってしなくていいし、辛い現場だって見なくて済むんだよ? 危険なところにも行かなくていいし」
賢「俺は、なりたくて消防士になったんだ。それは譲れない」
詩穂「私が、他の人と結婚しても・・いいんだ?」
賢「・・」
詩穂「まだ間に合うよ。今からお父さんに言う。賢がうちの会社、入るからって。明日のお見合いも、断るし」
賢「・・ごめん。仕事はやめない。詩穂のお父さんの会社にも、入らない」
詩穂「そっか。そうだよね」
賢「詩穂は、消防士の俺とは、結婚できない?」
詩穂「・・」
賢「家を出たくないってこと?」
詩穂「ううん。でも多分、毎日料理とか掃除して家で待つとか、出来ないと思う。働いたこともないし、生活レベルも変えられない。ごめん」
賢「・・」

〇同・同(夜)
賢と詩穂、裸でベッドに寝ている。
賢、詩穂の体にキスをしている。
賢「・・友達じゃないなら、じゃあ、これは何?」
詩穂「分かんないよ。気付いたらここに来てた。もう来ないほうが良かった?」
賢「・・そんなこと、俺に聞くなよ」
志穂「あ、ねえ、賢は? 新しい彼女、できた?」
賢、詩穂の目を見つめた後、体にキスをし始める。
詩穂「ねえ、聞いてる? ちょっと! くすぐったいから。やめて」
二人、笑う。

〇海(日替わり)
マコと海、一緒に海に飛び込む。
二人とも笑顔。
マコ、沖の方へ進み、波に乗っている。
笑顔で見つめる海。
海、岸よりの足が着くところでテイクオフの練習をしているが、乗れない。

〇砂浜
海とマコ、座っている。
海「マコ、すごいね。いつの間にか普通に波に乗れてる」
マコ「うん。だいぶできるようになった。でもまだまだだよ」
海「私からしたら、もう神の領域」
マコ「もう。大げさ。でも、海が付き合ってくれて嬉しい」
マコ、海に体をすり寄せる。
賢の友人「あれ? マコちゃんじゃない?」
マコと海、声の方を向く。
賢の友人が立っている。
マコ「あの、ごめんなさい、どなたでしたっけ?」
友人「あれ? 忘れちゃった? 前にここでお話ししたじゃん。ひどいな~ お、今日はお友達も一緒だ」
賢「おい!」
友人「あ、彼氏登場~」
賢「ふざけるなよ」
賢、照れた様子で歩いてくる。
マコ「え? 賢君?」
賢「うん。今日は友達と一緒なんだ?」
マコ「うん」
賢「じゃ」
マコ「うん」
賢、友人と一緒に去っていく。
海「彼氏だって~」
マコ「(照れたように)うん」
海「なんだ、マコの勘違いじゃん。付き合ってることになってんじゃん。あ~心配して損した」
マコ「でもまだ本人から聞いてないし。連絡も結局来なかったし」
海「そういうマメじゃない人っているじゃん」
マコ「そうなのかなぁ」
海「そっけなく感じたのも照れてただけなんじゃ?」
マコ「かなぁ?」
マコ、照れたように笑う。

〇レストラン風・厨房横
海、エプロンをつけている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「海さん、いいのに。疲れてるでしょ」
海「いえ、昼間のは遊びなんで。全然大丈夫です」
仁枝「そう? いつもありがとね」
仁枝、出て行く。
美羽、下げた食器を乗せたトレーを手に持ち、入ってくる。
海を見て不機嫌そうな顔をする。
美羽「入りま~す」
美羽、食器を片付け始める。
海「あ、美羽ちゃん。こないだはどうだった? あそこのイタリアン、美味しいよね。ドルチェもバイキングなのにどれも美味しいし」
美羽「(海と目を合わさず)あ、はい。すごく良かったです。おばさんにもすごくよくしていただきました」
海「そっか。よかった」
美羽、海に向き直る。
海は笑顔だが、美羽は無表情のまま。
美羽「海さん、あの・・」
海「え? 何?」
美羽「お店、もう入らなくて大丈夫です」
海「え?」
美羽「海さんは平日働いてるし、土曜も忙しそうなので、手伝ってもらわなくても大丈夫です。私ももう慣れましたし。海さんの分カバーできると思うんで」
海「あ・・もちろん、美羽ちゃんのことは頼りにしてるし、助かってる。でも忙しい日は一人でも多い方がいいでしょ」
美羽「迷惑なんです。気まぐれで手伝われるの」
海「え・・」
美羽「そもそもここって海さんの店じゃないですよね? 『助かってる』とか、上から目線で言うの、やめてほしいんですけど」
海「え? 美羽ちゃん?」
美羽「この前、レストランでご飯食べたとき、おばさん言ってました。『人数に入れてないんだから手伝ってくれなくてもいい』って。おばさん、優しいから、迷惑だって言わないだけです」
海「な・・」
仁枝、入ってくる。
仁枝「はいはい、二人とも! サボってない! 呼ばれてるでしょ」
美羽「(愛想よく)あ、すみません。私行くんで。海さんは、休んでください。ホントにこっちは大丈夫です」
仁枝「え? 休んでって? 海さん具合悪いの? あら、そういわれてみると確かに顔色悪いんじゃない?」
海「いえ、大丈夫です」
仁枝「無理しないで。バイトの子もいるんだから大丈夫。ね」
仁枝、海の体をくるりと変える。
海「あ、じゃあ、今日は・・すみません」
海、出て行く。
仁枝、手を振り
仁枝「ゆっくり休むのよ~」

〇神島家・海の部屋(夜)
ベッドの上でスマホを見つめる海。
画面にはマコからのメッセージ。
「あの後賢君から連絡があったよ。来週サーフィンの大会があるんだって。一緒に見に行かない? 賢君も出るみたい」
太一、入ってくる。
太一「今日は店入らなかったんだね? どうした? 大丈夫?」
海「うん。私は大丈夫なんだけど・・ねえ、美羽ちゃんてどういう子?」
太一「美羽? 明るくていい子だよ? なんで?」
海「今日ね、美羽ちゃんに『お店に入られたら迷惑』って言われたの。お母さんもそう言ってるって」
太一「海の体のこと、心配してるからじゃない? 僕も聞かれたよ。『奥さん、平日も働いてるのに土日もお店のお手伝いしてるんですか?』って」
海「う~ん、心配してって感じじゃなかったけどな。ねえ私、迷惑なのかな?」
太一「気にしすぎじゃない? 僕は、見えるところに海がいてくれたら安心」
海「そう思ってるのって太一だけじゃん。でも、ありがと」
太一「あ、そういえばさっき何見てたの?」
海「ああ、マコがサーフィンの大会見に行かない?って。今度の土日なんだけど、行ってもいい?」
太一「え~・・寂しいな」
海「じゃあ、断ろうかな」
太一「見せて」
海、スマホを太一に渡す。
太一「賢君て?」
海「ああ、マコの彼氏」
太一「そっか。いいよ。行ってくれば?」
海「いいの? ありがとう~ 大好き」
海、太一にハグする。

〇サーフショップ「リーフサーフ」・店内(夜)
店の常連や獅丸のサーフィン仲間が集まっている。
手にはそれぞれ飲み物。
お揃いのTシャツを来ている。
薫「今日はこのリーフサーフ所属サーファーの獅丸のために、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。では、獅丸の優勝を願って! カン――」
獅丸「薫さん、ちょっと待って!」
薫「え?」
獅丸「今日のために、特別ゲスト呼びました!」
薫「特別ゲスト?」
獅丸、試着室に隠れていたヒロを連れてくる。
全員、口々に「ヒロさん!」「ヒロさん?」などと言っている。
薫「ヒロ・・」
ヒロ「(手を上げ)よお」
獅丸「じゃあ、薫さん、改めて乾杯の挨拶お願いします」
薫「あ・・っとなんだっけ。シシ、お前自分で言え」
薫、気まずそうに顔を背ける。
獅丸、薫の立っていた場所に立つ。
獅丸「しょうがないな~ では僕の優勝を願って! 乾杯!」
全員「乾杯!」
全員、乾杯をする。
獅丸「ヒロさん!」
獅丸、ヒロに駆け寄り抱きつく。
ヒロ、獅丸の頭をクシャクシャと撫で、背中をポンポンと叩く。
ヒロ「元気だったか?」
獅丸「当然」
ヒロと獅丸、笑顔。
二人、肩を組み薫のところに歩いていく。
薫、気まずそうに顔を背け、立っている。
ヒロ「久しぶり」
薫「なんで?」
ヒロ「なんでって・・獅丸から連絡もらった。大事な試合があるから、練習見て欲しいって」
薫「ちょっとシシ!」
獅丸「すみません。でも薫さんが言ったんですよ。連絡するなら好きにしろって」
薫「おま!」
薫、諦めたように笑う。
薫「確かに言ったな」
薫とヒロ、目を合わせほほ笑む。

〇海・情景(夜)
夜の海にかかる満月。
月から照らす光が道のように見えている。

〇サーフショップ「リーフサーフ」・ベランダ(夜)
ヒロ、ビールを片手に持ち、柵にもたれ立っている。
薫、ビールを片手に持ち、入ってくる。
ヒロ「終わったか?」
薫「ああ、みんな帰った」
ヒロ「そうか」
薫「元気だった?」
ヒロ「ああ、店も順調」
薫「そっか。よかった」
ヒロ「来いよ・・ハワイ」
薫「・・行かない。知ってるだろ。居候に常連客。めんどくさい客の相手できるの、私だけでしょ」
ヒロ「大丈夫。いなきゃいないでみんなそれなりにやってくから」
薫「シシのために戻ってきたアンタにそれ、言われたくないね」
ヒロ「まあな。でも獅丸は特別だ。他人の子なのに薫との子供みたいに感じることがある」
薫「私も。そう思ったらいけないって分かってるんだけど」
ヒロ「あいつももうハタチか。そろそろここ、出てく頃だろ」
薫「うん。感じてる」
ヒロ「獅丸が出てった時が薫のハワイ行きの日ってことだな」
薫「やめろよ。勝手に決めるな。大体大昔に別れた女を誘うな」
ヒロ「俺は、別れたなんて思ってないけど」
薫「は?」
ヒロ「長期喧嘩中。メッセージ送っても電話しても無視し続けられてもうすぐ1年。かわいそうな俺」
薫「何それ。演歌?」
ヒロ「いいね~才能あるかも」
薫「・・離婚届だって書いたろ。忘れたのか」
ヒロ「あれは・・お前が他の奴と結婚したいからさっさと別れろって脅したからで。俺は、遠距離でも夫婦でいるつもりだったし。すっかり騙されたよ」

〇回想・葉月家・リビング(1年前)
テーブルの上に離婚届。
薫(49)と俳優の男性が腕を組み座っている。
対面にはヒロ(49)が座っている。
薫「悪いんだけど、こういうことだから。ハワイには行かない。だからこの家と店は譲ってよ」

〇サーフショップ「リーフサーフ」・ベランダ(夜)
ヒロ「ハワイに行った後、薫が苗字変えてないこと知った」
薫「それは・・色々面倒なんだよ! 銀行とか、パスポートとか」
ヒロ「それだけじゃないだろ。あの離婚に使った男だってバイトだったんだって?」
薫「なんでそれを」
ヒロ「地元ネットワーク怖えよな。でも先に教えろっつーの。したら絶対離婚届書かなかった」
薫「ヒロは? 向こうで女は? いるんだろ」
ヒロ「いないよ」
薫「さっさと作れよ」
ヒロ「・・作ろうとしたよ。でも、ダメなんだ。何を見ても、何をしても、『薫がいたら』って思ってしまう。いいか、俺が惚れてるのは薫なの。いい加減認めろ。いつでも薫が来られるようにしてるから。で、2度目の結婚記念の時は、世界中の海に行こうぜ」
薫「ホント勝手。なんでハワイなんだよ。私にそこまで惚れてくれてるんだったらあんたがここに住む選択肢はないわけ?」
ヒロ「ない。・・もちろん、ここは地元だし、好きだよ。けど、俺は挑戦し続けられる世界にいたい」

◯回想・テレビ画面(2年前)
ヒロ、サーフボードをシェイプしている。
ナレーション「サーファーにとって、腕の良いシェーパーは欠かせない存在です。特に自然を相手に人間離れした技を繰り広げるプロにとっては、扱いやすく、かつパフォーマンスの出やすい道具は非常に価値があるものです。世界で活躍するプロサーファーのカイ・マクロウさんも、リーフサーフのシェーパー、葉月ヒロさんに魅了された一人です」
カイ、店内でサーフボードについてリクエストしている。
波に乗っているカイを見るヒロ。
満足そうに握手する2人。

◯回想・サーフショップ「リーフサーフ」・店内(2年前)
客で混雑している。
カイと写真を撮る客達。

◯回想・同・ベランダ(2年前・夜)
カイとヒロ、椅子に座っている。
テーブルにはコーヒー。
カイ「素晴らしいディナーだったよ。ありがとう」
ヒロ「こちらこそありがとう。カイのおかげで店も大繁盛だ」
カイ「そのことなんだけど、なあ、ヒロ。ハワイに来ないか?」
ヒロ「ハワイ?」
カイ「ああ。僕の板をお願いしたい。ハワイの波に合わせて作ってほしい」
ヒロ「・・」
カイ「僕の仲間も待ってる。彼らのためにもお願いしたい」
ヒロ「・・本気か?」
カイ「ああ。店なら用意する。ちょうど店をクローズする知り合いがいて、ヒロになら譲りたいそうだ」
ヒロ「なぜそこまでしてくれる?」
カイ「惚れてるんだよ、ヒロの作る板に。日本なら、仲間もいるだろう。常連客もいて、居心地もいいだろう。でも、それで? ヒロは満足か? 僕はそう思わない。ヒロならまだ神に近づける。それにはここではダメだ。ゾクゾクしないか? 世界レベルの選手と一緒に神の世界を覗いてみたいと思わないか?」

〇回想・葉月家・寝室(2年前・夜)
ヒロと薫がベッドに寝ている。
二人とも目をつぶっているが、目は醒めている。
ヒロ、寝返りをうつ。
薫「・・寝れないの?」
ヒロ「ああ。薫も?」
薫「うん・・なんか飲む? あったかいものとか」
ヒロ「・・なあ薫。俺、ハワイ、行こうと思う」
薫「そっか」
ヒロ「一緒に行こう」
薫「・・ごめん。無理」

◯海・情景(夜)
夜の海を照らす満月。

◯サーフショップ「リーフサーフ」・ベランダ(夜)
ヒロと薫、月を見ながらビールを飲んでいる。
ヒロ「あの時から2年だもんな。俺、ハワイ通勤頑張ってたのにさ。薫姫が新しい恋人作って、どんだけショックだったか」
薫「だからそれは! もういいだろ」
ヒロ「俺のためなんだろ。ニセ恋人」
薫「違うって」
ヒロ「まあ、いっか。こうして誤解も解けたわけだし、俺は、薫しか愛せないことも分かったわけだし。気長に待つわ」
ヒロ、薫の肩を抱く。
薫、ぎこちない感じでヒロの肩に頭を乗せる。
薫「ヒロのここ、相変わらずしっくり来る」
ヒロ「だろ。薫仕様にシェイプしてきた」
薫「(笑いながら)バカ」
ヒロ、薫にキスをする。
薫、目を瞑る。

◯情景(夜)
夜の海を照らす満月。

◯サーフショップ「リーフサーフ」・ベランダ(夜)
ヒロと薫、月を見ながらビールを飲んでいる。

【計画女と波乗りライオン】2話2024年05月03日 22:00

〇坂木家・ダイニング
海と海の母・坂木唯(45)、入ってくる。
海、大量の袋を抱えている。
唯が椅子を引くと、海、その上に重そうに置く。
海「重たかった~」
唯「すごい荷物ね」
海「うん。実家に行くっていったら、太一のお母さんに大量に持たされた」
唯「なんだか気を遣ってもらっちゃって。後でお礼の電話しとかなきゃ」
海、手を洗う。
海「なんかね、今度お店のハンバーグ、真空パックにして売るみたいなの。試作品だから食べたら感想教えて欲しいって言ってた」
海、袋の中からハンバーグを取り出し、唯に見せる。
海「とりあえず冷蔵庫にしまっとくね」
唯「ありがとう」
海、冷蔵庫にハンバーグを入れている。
唯、お茶を入れ始める。
唯「どう? 元気にやってる?」
海「うん。妊活アプリも太一と私のスマホにいれた。あ、これもしまっとくね」
唯「何?」
海「野菜だって。契約農家さんから買ってるの」
唯「ありがとう」
海、野菜を冷蔵庫にしまっている。
海、椅子に座り、ケーキの箱を取り出す。
唯「あら、それも向こうのお母さん?」
海「ううん。これは私。なんか久しぶりに食べたくなっちゃって」
唯「大丈夫? 好きなケーキも食べれないの? 今は」
唯、皿を取りに行く。
海「違うよ。でもほら、これからは食べる物も気をつけなきゃいけないのかなぁって」
海、皿にケーキを乗せ、唯の前と自分の前に置く。
唯「気にしすぎよ。そんなに神経質になる方が、良くないんじゃない?」
海「そうかなぁ」
唯、海にお茶を差し出し、座る。
海「ありがとう」
唯の左手首にブレスレット。
海、ブレスレットに気付き
海「それ、まだしてくれてたんだ?」
嬉しそうにほほ笑む。
唯「だって海のプレゼントだし。それに・・まだお母さんには必要」
唯、ブレスレットを包むように右手で触る。

〇回想・同・同(8年前)
唯、元気がない様子で座っている。
海(14)、唯(37)にブレスレットを渡す。
海「お母さん。これ、プレゼント。ヘマタイトっていう石で、お守りだよ」
とまどう唯。
海、唯の左手首にブレスレットを付ける。

〇同・同
海「病院は? ちゃんと行ってる?」
唯「うん。でも仕方ないよね。依存症って治ることはないみたい。今でもね、いつも頭の片隅にはあって、少し嫌なことがあったり、気分が落ち込むと『あ~買い物したい!』ってなっちゃう」
海「そっか。お父さんは?」
唯「こっちに戻れるように異動の希望は出してくれてるみたいだけど、まだ無理みたい。あ、でもね、海が結婚してここ出てからも、ちゃんと電話してくれてるし、先週も帰ってきてくれた」
海「そっか。よかった」

〇回想・同・寝室前廊下(8年前)
寝室のドアが少し開き、隙間からスカーフが出ている。
海、スカーフを拾おうとする。
海「お母さん、だらしないんだから」
海、寝室のドアを開ける。
足の踏み場もないほど、物が置かれている。
買ったままの状態で袋に入っている服や靴、バッグなど。
海、立ちすくむ。
海「なに、これ・・」
唯の声「海~ 早く出ないと遅れるから!」
海の耳には届いていない。

〇回想・同・階段(8年前)
唯、階段の下から見上げている。
唯「海~」
海「・・」
唯「もう」
唯、階段を上がっていく。
立ちすくんでいる海を見つける。
唯「嘘・・」

〇回想・同・寝室前廊下(8年前)
唯、海に駆け寄る。
海「お母さん、なに、これ」
唯、慌てた様子でドアを閉める。
唯「(海の肩を掴みながら)お願い。お父さんには絶対言わないで」
海、頷く。

〇回想・中学校教室(8年前・夕方)
黒板を教師・川合葵(42)が拭いている。
生徒たちが下校するために出て行く。
海、葵に近づく。
海「川合先生、すみません」
X X X
葵と海、向かい合って座っている。
海「私のお母さん、もしかしたら『買い物依存症』って病気かもしれないんです」
海、1冊の本を出す。
しおりを挟んでいるところを開き、葵に見せる。
海「ここに書いてあること、お母さんと同じなんです。でも、お母さんには『お父さんに言わないで』って言われてて。先生、私、どうしたらいいですか」
葵、海の本を手に取り、目を通した後、顔を上げる。
葵「坂木さん、落ち着いて。まだ決まったわけじゃない。坂木さんが見たものは、お母様が後で開けようと思って楽しみにしてただけかもしれないじゃない」
海「でも・・」
葵「大丈夫。坂木さんは心配しないで。私からお父様に連絡してみます。ね、大丈夫だから」
海、不安そうに頷く。

〇回想・喫茶店・店内(8年前)
葵と海の父・徹(37)が座っている。
葵「突然ご連絡してしまい、申し訳ありません。私、海さんの担任の川合と申します」
葵、名刺を差し出す。
葵「お電話でもお話ししましたが、奥様のことです」
葵、1冊の本を差し出す。
葵「海さんが言うには、こちらに書かれている内容が、奥様の状態と非常に似ているそうです」
葵、しおりを挟んであるページを開き、見せる。
葵「ご家庭の事情に立ち入るようで、大変恐縮ですが、海さんが悩んでいるようでして」
徹「本、お借りします」
徹、差し出された本を読んでいる。
葵「たまたま海さんが寝室のドアを開けたとき、大量の紙袋が見えたそうです。買ったままの状態の服や靴、バッグのようだったと」
徹「娘の見間違いでは? そんな状態、私は一度も見たことがないので・・」
葵「そうかもしれません。でも念のため、一度クレジットカードの使用履歴や通帳の残高など確認していただけないでしょうか?」
徹「妻は本当に倹約家なんです。買い物依存症なんてとても信じられません」
葵「依存症の原因は寂しさや無力感、自己肯定感の低さなどです。買い物そのものよりも、一瞬でもそれらを埋められたり忘れられたりする経験そのものです。もし、海さんが心配されているように、奥様がご病気なのであれば、すぐに医療機関などにご相談されるのがいいかと・・」
徹「そうはいっても、交通費がかかるから帰ってこなくてもいいって言ったのは妻ですよ? その分貯金して老後の楽しみにしようって。貯金通帳だって見せられて」
葵「とにかく一度様子を見に行っていただけないでしょうか? 海さんのためにも」
徹「分かりました。海の勘違いだと思いますけど」
葵「ありがとうございます。あ、それからこのことはどうかご内密に。たまたま寄った、くらいにしていただけないでしょうか? 帰る予告もしない方がいいと思います。奥様は、絶対に言わないように、海さんに口止めされたそうですから」

◯回想・坂木家・寝室(8年前)
徹、呆然と立ち尽くしている。
部屋の中を埋め尽くしている袋。
靴やバッグなどが買ったままの状態で置かれている。

◯回想・同・玄関(8年前)
海と唯、入ってくる。
2人、食料品の入った袋を持っている。
玄関に置かれた徹の靴。
唯「嘘・・」
唯、買い物袋を玄関に放置したまま、慌てて走り出す。
海、心配そうな顔で唯の後姿を見送る。

◯回想・同・寝室(8年前)
唯、青ざめた顔で入ってくる。
唯「なんで? なんでいるの? いつも帰る時連絡してくれるじゃない」
徹「連絡しなかったのは、ごめん。これは?」
唯「あの、あ、ちょっと今友達から預かってて。困るわよね。置き場所がないからってうちに置かせてほしい、なんて」
徹「・・ごめん。さっき通帳も見た」
唯「それは、あ、友達に貸してるのよ。すごく困ってて、すぐ返すつもりだって」
徹「じゃあ、これは?」
徹の手にクレジットカードの明細。
唯「友達に・・」
徹「唯、もういい。君のせいじゃない。病気なんだよ。一緒に病院に行こう」
唯「病気じゃないし、私は大丈夫。お願い。ちゃんと全部元通りにするから。あ・・海から聞いたのね! あの子ったら・・海、来なさい! お父さんには言わないでって言ったのに!」

〇回想・同・ダイニング(8年前)
海、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れているが、動きを止める。

〇回想・同・寝室(8年前)
徹、海に聞こえるように叫ぶ。
徹「海、お父さんたちは大丈夫だから。下にいなさい」

〇回想・同・ダイニング(8年前)
海、手を止めているが唇を噛み、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れる。

〇回想・同・寝室(8年前)
徹、ドアを閉め、唯に向き直る。
徹「海は関係ない。仕事でこっちにくる機会があったから、驚かせようと思っただけだ」
唯、力なくベッドに座り込む。
徹、唯の隣に座る。
徹「今まで気付かなくてごめん」

〇回想・同・海の部屋(8年前)
海、勉強机に座っている。
机の上には、一冊のノート。
『私の人生計画』と書かれている。
海の声「お母さんみたいには絶対なりたくない。だから、この通りに生きる」
海、ノートを広げる。
海の声「単身赴任でいつも傍にいてくれなかったお父さん。きっとお母さんは寂しかったんだと思う。だから、転勤がない人と私は結婚する。専業主婦のお母さん。関わる人が少なくて寂しかったんだと思う。だから私は結婚しても自分の世界を持ち続けたい。女性でも対等に働ける職場にいたい。だから、私は公務員になる。お母さんの病気のことに気づいた時、相談できる人が先生しかいなかった。兄弟がいたら、話し合えたし、もしかしたらお母さんも寂しくなかったかもしれない。だから私は、子供は二人以上ほしい」

〇同・同
海、唯のブレスレットを包むように触れ、唯を笑顔で見つめる。
海「お母さん、私今すごく幸せだよ。大好き」
唯「依存症の母親なのに?」
海「もちろん。そのことも含めて、私のお母さんだから」
唯「海・・ありがとう」
海「依存症になりやすい人は、寂しい人なんだって。でも、寂しいって思うってことは、人の温かいところを知ってるからなんだと思う。だから、お母さんは温かい心を持っている人なんだと思う」
唯「なんか無理矢理じゃない? そんな理屈ある?」
海「あるある」
二人、笑う。

〇同・玄関
海、靴を履いている。
唯、紙袋を持って立っている。
海、唯の方に向き直る。
海「じゃあ、お母さん。また来るね」
唯「あ、これ。向こうのお母さんに渡して。いつももらいすぎてるから」
海「いいのに。でもありがとう。渡すね」
唯「じゃ。無理しないで。いつでも戻ってきていいからね」
海「大丈夫だって。じゃ、また来るね」
海、出て行く。

〇海
マコ、すっかり慣れた様子でボディボードを操り波に乗っている。
海、ボディボードに体を乗せている。
獅丸、海の横に立っている。
獅丸「テイクオフはタイミングさえ掴めば簡単です。体でその感覚を掴みましょう。僕が押しますね」
海「はい。お願いします」
獅丸、波が来たタイミングで海の体を押す。
海、波に乗り滑る。
左右の景色が流れる。
海「すごい、すごい! 気持ちいい~!」
獅丸、海の様子を笑顔で見つめる。

〇海岸
獅丸とマコ、海の3人が歩いている。
海「気持ちよかった~! 波に乗るってあんな感じなんだね!」
マコ「でしょ? ハマるよね!」
海「獅丸君のおかげ。ありがとう」
獅丸「いえいえ。でも次回は絶対一人テイクオフ成功させましょうね」
海「いいよ~ ずっと獅丸君が押してくれれば」
獅丸「やめてください。このスクール入っても自分で乗れるようになれない、って言われちゃうじゃないですか」
全員、笑う。

〇海岸沿いの道
美羽、海岸にいる海達を見ている。

◯レストラン風・厨房
太一、忙しそうに働いている。
美羽、太一の様子を見ている。
仁枝、美羽に話しかけようとするが、美羽の服を見て考え込むような表情をしている。

〇同・店内
太一と岡田、美羽を含むアルバイトスタッフ数人が隅のテーブルで昼食を食べている。
岡田「あれ? そういえば海さんは?」
太一「ああ、実家に行った後、海に行くって。そういえばサーフィンじゃなくてボディボードだって。知ってる?」
岡田「分かります、分かります。そっか。海さん、ボディボードだったか。きっとかわいいんだろうな」
太一「岡田、今、妄想したろ。お願いだから、やめてくれ」
岡田「すいません。でも、太一さん、心配ですね」
岡田がニヤニヤした顔で太一を見つめる。
太一「それ言うなよ。考えないようにしてるんだから」
美羽「そういえば太一さんて奥さんとどこで出会ったんですか?」
岡田「お、美羽それ聞いちゃう?」
太一、不機嫌そうな顔で岡田を睨む。
美羽「え? もしかして聞いちゃダメですか?」
岡田「ここここ。海さんが高校生の時、バイトで入ってきたの。俺も告ったんだけど、太一さんが圧勝。いや~人間界も分かりやすいですよ。将来どうなるか分からない大学生より、ここの御曹司選ぶよな」
太一「なんだよそれ。海は中身で選んだの。人間性」
岡田「はいはい。分かってますって。人間性で負けたなんて認めたくないんです。俺だっていい男だと思うんだけどな~」
全員、笑う。
岡田「でも海さん、太一さんに決めてからは一途っすもんね」
太一「普通だろ。付き合ってれば」
岡田「太一さんと付き合ってからも告白されてましたけど、秒で振ってましたし」
太一「何それ。知らないんだけど」
岡田「え? 俺、なんかまずいこと言っちゃった?」
美羽と太一以外全員笑う。
太一と美羽、不機嫌そうな顔をしている。

〇同・厨房
太一、夜の準備をしている。
美羽、太一を見つめている。
太一、美羽の視線に気付く。
太一「ん?」
美羽「あ・・いえ」
太一、視線を戻し作業に戻る。
美羽「あの、太一さん」
太一「何?」
美羽「少し話したいことが・・」
太一「急ぐ? これ、終わってからでもいい?」
美羽「あ・・もちろんです。すみません」
太一「ごめんね」
美羽「いえ、全然大丈夫です」

〇同・貯蔵庫・中
美羽、置かれている食料品の在庫などを見ている。
太一、入ってくる。
太一「ごめんね。2人きりでないと話せない事って何?」
美羽「あの! 今日来るときに奥さん見かけたんですけど・・男の人と一緒でした・・」
太一「え? 何? どういうこと?」
美羽「昼間、岡田さんは奥さんのこと『一途』とか言ってましたけど、私にはそう思えなくって。その男の人と二人で海岸を仲良く笑いながら歩いてたんです。あの、色が黒くて、髪が白い人です。いかにもサーファーって感じの!」
X X X
(フラッシュ)
海の部屋。
海のスマホの獅丸の写真。
X X X
太一「あいつか・・?」
美羽「もしかして太一さんのお知り合いですか?」
太一「いや・・」

〇回想・神島家・海の部屋(夜・数日前)
太一、海の横に置かれているスマホを手に取り、
太一「あ、これ? 今日のスクール」
海「うん」
太一「楽しかった? え? 男もいたの?」
海「あ・・ううん。違うよ。この人はただの従業員。女の先生とマコと3人」

〇レストラン風・物置・中
太一M「ただの従業員て言ってたよな・・」
太一「見間違いじゃないよね?」
美羽、首を横に振る。
美羽「視力いいんです、私」
太一「そっか・・ありがと」
美羽「なんか・・すみません。でも、太一さんと結婚しているのに、海さん、他の男の人と遊んでるって思ったらなんか許せなくって」
太一「うん。帰ったら海にも聞いてみる」
美羽、頷く。
美羽「それから・・」
太一「ん?」
美羽「この前はありがとうございました。まかないのこと」
太一「あ〜、全然。気にしないで」
美羽「あの・・これからも持ち帰ってもいいでしょうか? 今日は家からお弁当箱、持ってきたので」
太一「(笑いながら)そっか。でもそんなに多いなら、僕から母さんに伝えとこうか? 減らしてもらえば?」
美羽「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
美羽、笑顔を太一に向ける。

〇同・厨房横(夕方)
海、入ってくる。
海「お疲れ様です」
笑顔でエプロンを付けている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「海さん、今日は疲れてるでしょ? 本当にいいのよ、お店のことは」
海「いいえ、お母さん。遊んできたのに疲れただなんて言えません。あ、母からお礼を伝えるように言われました。あ、あと手土産も。リビングのテーブルの上に置いておきましたので」
仁枝「昼間ご丁寧に電話いただいたわ。かえって気を遣わせちゃったわね。いつもありがとう。ごちそうさま」
海「とんでもないです」
呼び出し音が鳴る。
海「あ、私行きますね」
海、楽しそうに出て行く。
その姿を太一と美羽が複雑そうな顔で見ている。

〇神島家・海の部屋(夜)
海、ベッドの上でボディボードに乗っている姿勢をしている。
目をつぶる。
X X X
(フラッシュ)
海。
流れていく景色。
X X X
海、目を開けて仰向けになる。
海「気持ちよかったな~」
ノックの音。
ドアが開き、太一が入ってくる。
太一「気持ちよかったってどういうこと?」
海、起き上がる。
海「あ、太一、今日ね、初めて波に乗れたの」
太一「・・それだけ?」
海「え?」
太一、海の横に腰かける。
太一「海のこと、見た人がいて・・男と仲良さそうに歩いてたって」
海「男? ああ、獅丸君ね。インストラクターなの。教えてもらってただけ」
太一「この前、海、女の人に教えてもらったって言ってたよね?」
海「あ・・」
太一「嘘だった?」
海「・・ごめん。心配、かけたくなくて・・つい」
太一「なんだよ、それ。普通に心配するでしょ。もうそんなスクールやめろよ」
海「え? 嘘でしょ? だって全然そんな、太一が心配するようなこと、何もないよ」
太一「・・そんなにその男と会いたいってこと?」
海「ちょっと何言ってるの? ただのインストラクターだよ? マコもいたし」
太一「どうせそれも嘘なんだろ。海が男と二人で歩いてたって、見た人がいるんだ」
海「何それ! そんな人の言う事信じるの? じゃあマコに電話しようか?」
太一「そういうことじゃない。他人から見て誤解されるようなことするなよ」
海「だって教えてもらってるんだもん。普通に話すでしょ。市役所だって男の人いるし、普通に話すよ。なんでそんなに獅丸君にこだわるの?」
太一「市役所は、ちゃんとした人が働いてるわけだし。そのインストラクターって、髪の毛白くしてるような奴だろ。まともな人だとは思えない」
海「それって偏見だよ! 獅丸君いい子だし、ライフセーバーの資格も持ってるの。溺れたとき、私のこと、助けてくれたし」
太一「は? 何それ? 海、溺れたの?」
海「あ・・」
太一、大きくため息をつく。
太一「僕はこういう仕事だし、休みも海と合わないし、海と一緒にいられる時間が少ないから悪いと思ってる。休みだって海の好きにすればいいよ。だけどさ、ボディボードはマコちゃんに頼まれて仕方なくっていうから許したけど、今日とかすごい楽しそうにしてるし。全然仕方なくって感じじゃないし。海はさ、僕と結婚してるんだよ? この店のお客さんだって知ってる。誰に見られてるか分かんないんだよ。それなのに、他の男と楽しそうにしてるとかありえないと思う」
海「・・ごめん。分かった。心配かけてごめんね。もう二度と行かないから。許して」

〇清水家(美羽のアパート)・外観(夜)
鉄筋コンクリート造りの古いアパート。

〇同・ダイニング(夜)
美羽、入ってくる。
美羽「ただいま~」
美羽の弟・清水大和(12)、隣の和室でテレビを見ている。
大和、美羽の方を見ずに
大和「おかえり~」
美羽、大和を見てほほ笑む。
美羽「大和、おなか空いてる?」
大和、美羽の方を見る。
美羽、お弁当箱を掲げる。
大和「空いてる!」
大和、嬉しそうに走ってくる。
美羽「今日はね、唐揚げだったんだよ~ 今温めるね」

◯市役所・食堂
海、ため息をついている。
佑介、海の前に座る。
佑介「ケンカでもした?」
海「あ、中村君。ちょっとね」
佑介「いいね~夫婦っぽくなってきた」
海「ひど!」
佑介「で? なんかあった?」
海「あ~うん。友達がね、ボディボード始めるっていうから、一緒にスクールに行ったの。でもね、そのインストラクターが男っていうだけで、『やめろ』とか言うわけ」
佑介「あ~そういうことね。でも、俺もそれするかも。嫉妬」
海「え? でも教えてもらうだけだよ。友達もいるし」
佑介「逆だったら? 女性インストラクターに教えてもらってニヤニヤしている旦那さん。想像してみて」
海「その『ニヤニヤ』っていうの余計だけど。ニヤニヤしてなければなんとも思わないかな~」
佑介「じゃあ、旦那さんは海がニヤニヤしてるの、想像しちゃったんじゃないの?」

〇海の妄想・海
太一、水着の美女に囲まれてサーフィンの板に乗っている。
バランスを崩して板から落ち、美女に笑われながら手を差し伸べられている。
ニヤニヤした顔の太一。

〇前浜市役所・食堂
海、不機嫌そうな顔をする。
佑介「ほら」
海「だって太一、わざと板から落ちたし! 私はそんなことしてない!」
佑介、笑いながら海を見ている。
海、咳払いし、
海「うん、まあ確かにイラつくかも。でもね、なんかちょっと引っ掛かるんだよね」
佑介「ん?」
海「ああ、海岸歩いて移動してた時、私を知ってる人が見てたらしいの。その人が太一に、『男と仲良さそうに歩いてた』って言ったって」
佑介「自分が見てもイラつくのに、それを他人から聞かされたら、そりゃ妄想膨らむだろうな。にしても、その見たってやつもちょっと悪意あるよな~ 他人が余計なこと言うな、っつうの」
海「うん。ありがと。でも、うちはレストランやってるから。常連さんとかに見られてるかもしれないって自覚なかったのは確かかも。まあ、もう行かないからいいんだけど。ありがと。聞いてくれて」
佑介「おう。ま、あまり気にすんなよ」
二人、笑顔。
海「ちょっとすっきりした。お昼食べようっと」
海、弁当を食べ始める。

〇回想・居酒屋(3年前・夜)
海(19)と佑介(23)を含む10人ほど、座っている。
テーブルには料理や飲み物が並んでいる。
全員「研修初日、お疲れ様~」
全員で乾杯をしている。
X X X
佑介、隣の海に
佑介「坂木さんて結婚してるの?」
海「え? どうしてですか?」
佑介「あ、指輪してるから」
海「あ~、これは・・彼氏です。でも、22歳で結婚する予定なんで」
佑介「あ、そうなんだ。え? でも随分具体的だね。22歳ってまだ先でしょ?」
海「あ、3年後です。でもほら、それまでに貯金しないといけないですし。私、人生計画があるんです。22歳で結婚して、23歳で女の子出産。27歳で男の子出産。長男が大きくなったら調理師になってもらって、店を継いでもらうんです。あ、私の彼、レストランの長男なんで。で、私は市役所で定年まで働いたら、息子の経営する店を手伝いながら年金をもらって、優雅な老後を過ごす予定です」

〇前浜市役所・食堂
佑介、おいしそうに弁当を食べている海の笑顔を見つめる。

〇神島家・リビング(夕方)
美羽、仁枝に続き、入ってくる。
美羽、落ち着かない様子で周りを見ている。
仁枝「美羽ちゃん、座ってて」
仁枝、出て行く。
美羽、立っている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「遠慮しないで。座って。ほら」
美羽、戸惑いながらソファに座る。
仁枝、テーブルにお菓子とお茶を置く。
仁枝「これ、すごくおいしいのよ。食べて」
美羽、見つめている。
美羽「あの・・私何かしてしまったんでしょうか?」
仁枝「何か? ううん。謝るようなことは何も。何で?」
美羽「だって・・私だけ呼ばれて、お菓子までって何かおかしいです」
仁枝、美羽の方を見て息をつく。
仁枝「じゃあ、私食べちゃお。お先にごめんね」
仁枝、食べ始める。
仁枝「大丈夫。美羽ちゃんが来てくれて助かってるのよ。本当。あのね、おばさん隠し事とかできない人だから、これから言うことで美羽ちゃんが嫌な気持ちになっちゃったらごめんね」
美羽、泣きそうな顔で仁枝を見つめる。
仁枝、美羽の目を見る。
仁枝「まかない、持って帰ってるでしょ?」
美羽「あ、ごめんなさい。もう二度としません。ごめんなさい」
美羽、ソファから下りて土下座しようとする。
仁枝、慌てて手を伸ばして美羽の腕を掴む。
仁枝「謝らなくていいの。おばさん、怒ってるんじゃないのよ。ほら、座って」
美羽、ソファに座る。
仁枝「おばさんにもね、娘がいるの。太一のお姉さん。もうここを出て一人暮らししてるんだけどね。それに、バイトの子たちも美羽ちゃんくらいの子がいるから分かるの。まかない、食べれない量じゃないでしょ。昼間は食べてるし。何か事情があるなら教えて」
仁枝「ダイエット? 食が細いとか? おばさんに悪いと思って食べれなかった分、家で捨ててるとか?」
美羽「捨てるなんて!」
仁枝「・・」
美羽「あ・・弟がいるんです。うち、貧乏で。夕ご飯も、いつもご飯に塩かけたりして食べてて。おばさんが作ってくれるおかず美味しくて。でも私だけ食べるの、悪いなぁって。弟に食べさせたくて」
仁枝「そうだったの。話してくれて、ありがとう」
美羽「・・」
仁枝「あの・・お母さんは?」
美羽「お母さんは、あ、母は、夜も仕事してて。だからいつもいないんです。夕ご飯は私と弟だけ」
仁枝「美羽ちゃん。子供はね、大人に甘えるのが仕事なの。甘える大人はね、自分の親じゃなくていい、甘えられる大人に甘えればいいの」
美羽「・・」
仁枝「これからはちゃんと美羽ちゃんが持ち帰る分も作ってあげるから、
まかないで出された分はちゃんと食べなさい。おばさんが作った料理、残したら許さないからね」
仁枝、美羽を見て微笑む。
美羽「・・」
仁枝、紙袋を美羽に渡す。
仁枝「それからね、これ、娘のお古なんだけど、もらってくれる? もう着ないのにたくさん残ってて。流行りのものじゃないけど、まだ着れるから」
美羽「でも・・」
仁枝「ここにあっても捨てるだけだし、美羽ちゃんが気に入らないものがあったら捨てて」
美羽「・・」
仁枝「・・もし美羽ちゃんのお母さんに何か言われるようだったら、『おばさんに無理矢理渡された』って言いなさい。お母さん、ここに連れてきてもいいから。その時はおばさんから話すから大丈夫。いい? 甘えるのが美羽ちゃんの仕事だからね」
美羽「ありがとうございます」
仁枝「さ、食べて。これも残したら許さないからね」
美羽、頷いてお菓子を食べ始める。

〇海
賢、友人とサーフボードに乗って波待ちをしている。
友人「賢、さっきさ、すっごいかわいい子いてさ。声かけたんだけど、速攻断られたわ」
賢「何それ。そんなかわいい子いたか?」
友人「あ、あの子だよ。あのボディボ」
友人が指を指す。
マコである。
賢「あれ? 確かあの子・・」
友人「マジか。知り合い? まさかお前・・うわ、もう次の彼女? なんだよ。お前ばっかりずりぃ」
賢「まだそんなんじゃ。お、いい波!」
友人「『まだ』ってなんだよ。彼女にする気じゃん。じゃあ、この波は俺がもらうわ」
友人、テイクオフの姿勢をとり始める。

〇海岸
マコ、砂浜に座っている。
賢、マコに近づく。
賢「もうあがり?」
マコ、まぶしそうに賢を見上げる。
マコ「え? あ・・え?!」
マコ、慌てた様子でお尻の砂を払いながら立ち上がる。
マコ「あ、あ~、うん。もう1本いこうかどうか迷ってたとこ」
賢「マコちゃんだっけ? ボディボード、始めたんだ?」
マコ「あ~、うん。まだ全然初心者なんだけど」
賢「でも何本かいってたよね。向こうから見てたけど結構イケてた。筋いいんじゃない?」
マコ「あ、ありがと」
賢「一人?」
マコ「うん。友達と予定合わなくて。基本一人・・かも」
賢「そっか。あのさ、今晩て・・ヒマ?」
マコ「ああ・・今晩・・」
賢「あ、用事があるならいい」
マコ「ううん。大丈夫。全然ヒマだから」
賢「そっか。良かった。じゃあ、飯でもどう?」
マコ「うん。いいよ」
賢「じゃあ、迎えに行く。家の場所、あとで教えて」
賢、去っていく。

〇マコのアパート・寝室
ベッドの上には大量の服。
マコ「どうしよどうしよ。嬉しすぎる! 何着てこう」
マコ、鏡の前で交互に服を自分の体に当てている。
部屋の隅には賢の写真が飾られているコーナーがある。
その中にキラキラしたストーンで飾られている箱が置かれている。
マコ「あ!」
マコ、箱を見る。
マコ「万が一ってこと、あるよね?」
マコ、箱をうやうやしく掲げ、丁寧に開ける。
箱の中には可愛くセクシーな下着が入っている。
マコ、下着を取り出し、鏡の前で自分の体に当てる。
マコ「やばい、可愛すぎる・・キャ~!」
マコ、嬉しそうにベッドに倒れこみ、ハッとしたように時計を見る。
午後3時。
マコ「やばい、あと2時間で来ちゃうじゃん」

〇同・前(夕方)
賢の車が止まる。

〇車・中(夕方)
マコ、助手席に乗り込む。
マコ「迎えに来てくれてありがとう」
賢「いや、誘ったの俺だし。あれ? 香水?」
マコ「あ、ごめん、苦手だった?」
賢「ううん。いいセンスの香水つけてる人は好き」
賢、窓を少し開ける。
マコ「あ、もしかしてこの匂いダメとか?」
賢「ううん。ど真ん中。窓開けてないと運転集中できそうもなかったから。ごめん」
賢、照れたように笑う。
マコ、賢に見られないように小さくガッツポーズをする。

〇レストラン・外観(夜)
海沿いのシーフードレストラン。
外には火が焚かれている。

〇同・店内(夜)
窓際の席にマコと賢が座っている。
テーブルにはキャンドル。
料理が運ばれてくる。
マコ「賢君の仕事ってたしか消防士だったよね? 消防車とか乗ってるの?」
賢「う~ん。今は消防航空隊っていうのに所属してて。車よりヘリ」
マコ「え? 消防士ってヘリにも乗るの?」
賢「あ~うん。ヘリから消火活動したり、海とか山で遭難した人を救助してる」
マコ「そうなの? すごい!」
賢「まあ普段は結構地味な仕事。基本訓練。ここでがんばっていつか県の消防航空隊に行きたいと思ってる」
マコ「そうなんだ。すごい。いつか行けるといいね」
賢「そうそう。マコちゃんは? いつからボディボード始めたの? 前に会った時、そんなイメージなかったけど」
マコ「あ、うん。つい最近始めたの」
賢「へ~、知らなかった。いいね」
マコ「あ、うん」
二人、照れて笑う。
賢「でもすごいね。初心者でいきなり道具買って始めたの?」
マコ「ううん。さすがにそれは。『リーフサーフ』ってお店でスクール入って、続けられそうって思ったから、そこで全部揃えたの」
賢「リーフサーフ? 知ってる、知ってる。俺のボードもあそこで買ったんだよ」
マコ「え? そうなの?」
賢「そうそう。薫さんの前の旦那さんっていうか、前のオーナー? すっごい、いい男で。その人に惚れて。今何してるんだろ。確かハワイにいるって聞いたけど」

〇ハワイ・サーフショップ・店内
色黒、グレーヘアの男がくしゃみをしている。
店員「大丈夫ですか? ヒロさん」
薫の元旦那・葉月ヒロ(50)である。
ヒロ「ああ、誰か噂してんな」
ヒロ、大きな声で笑う。
店員「風邪じゃないですよね? 移さないでくださいよ」
ヒロ「冷てえな~ 風邪だったら心配しろよ」
二人、笑う。

〇サーフショップ・リーフサーフ・店内(夜)
獅丸、壁にかかった写真をみている。
薫とヒロを含むサーファー仲間大人数で写っている写真。
獅丸「ヒロさん元気ですかね~」
薫「連絡ないから元気だろ」
獅丸「連絡してみようかな~」
薫「好きにしろ。わざと聞こえるように言うな」
獅丸「薫さんが恋しがってるって言っときましょうか?」
薫「は? 元旦那のことなんて忘れたね。『薫さんは新しい恋に向かって爆走中』とでも伝えとけ」
獅丸「ホントかわいいですよね~ 薫さんて。新しい彼氏なんて作るつもりないくせに」
薫「違うね。シシに言ってないだけで、彼氏候補なんて腐るほどいるんだから。むしろ渋滞中」
獅丸、笑っている。
薫「嘘だと思ってるだろ。サボってないで仕事しろ、仕事」
獅丸「は~い」
二人、笑顔。

【計画女と波乗りライオン】1話2024年04月26日 22:00

◯神浜海岸(朝)
朝日が海を照らしている。
海を見つめる1人の男。
男は太刀獅丸(20)。
髪は脱色して白く、肌は日焼けして黒い。
目鼻立ちがくっきりしている。
獅丸「いい波来てる〜 ヒャッホー」
楽しそうな様子でサーフボードとともに海に飛び込んでいく。

◯前浜市役所・戸籍住民課・窓口
戸籍住民課の案内札が見える。
窓口に神島海(22)が座っている。
胸元には「神島」の名札。
姿勢が良く真面目な雰囲気。
メガネをかけている。
対面には若い男女が座っている。
2人、仲良さそうに体を寄せ合い、手を繋いでいる。
海、手元の婚姻届と戸籍抄本を見比べながら、婚姻届に赤い色鉛筆でチェックし頷く。
『受理』スタンプを押す。
海「お待たせしました」
若い男女、笑顔で海を見る。
海「ご結婚おめでとうございます。確かに受理いたしました」
嬉しそうな男女。
微笑む海。
男女、立ち上がり去っていく。
男女を見送る海。
海の声「私は神島海。幸せな人生を送るためには計画が必要」
同僚の橘はるか(20)、海の後ろから声をかける。
はるか「坂木さん、じゃなかった、神島さん、窓口変わりますね」
海「ありがとう。じゃあ、お昼行ってきます」
海、立ち上がり席を替わる。

◯同・食堂
海、テーブルに座り弁当を広げ、手を合わせる。
海「いただきます」
海、弁当を食べ始める。
同期の男性社員・中村佑介(26)、カップ麺と水が乗ったトレーを持って海の前に座る。
中肉中背、黒髪、短髪の男性。
ワイシャツの上に『前浜市』と書かれた蛍光グリーン色のジャンパーを羽織っている。
佑介「よお、海。今日昼当番?」
海「うん。中村くんは? 遅いじゃん」
佑介「ああ、(ジャンパーを触り)観光課の仕事。昼に駅でチラシ配り」
海「そっか。大変そうだね」
佑介「まあ外に出てるほうが気楽だけどね。そういえばどう? 新婚生活は。順調?」
海「もちろん!」
佑介「そっか。なら良かった。海は完璧な人生計画立ててたもんな。22歳で結婚して23歳で子供・・だっけ?」
海「そう。23歳で女の子出産。その4年後、27歳で男の子出産。4歳差なら上のお姉ちゃんも落ち着いた頃だし、受験も重ならないでしょ。それから長男には調理師になってもらって、店を継いでもらう。定年まで働いたら、店を手伝いながら年金をもらって、優雅な老後を過ごすの。そのために貯金も運用もしてるし、公務員になった」
海の薬指に指輪が見える。
佑介「すごいよな、今のところ、計画通りだもんな。初期研修で聞いた時は『なんだこいつ』って正直引いたけど」
海「え? そんなこと思ってたの? ひどい」
海と佑介、笑う。

◯レストラン風・外観
海沿いに立つ洋食レストラン。
敷地内には広い駐車場。
看板には美味しそうなハンバーグの写真。

◯スマホのアプリ画面
妊活アプリ。
カレンダーに赤いハートマークがついている。

◯レストラン風・厨房
スマホを持つ手。
海の夫・神島太一(22)、微笑みながらスマホを操作している。
太一は黒髪で短髪。白いコックコートを着ている。
背は高く、少し神経質そうだが笑うと目尻にシワが出て、可愛らしい雰囲気を出している。
太一、スマホをポケットにしまい、自分の顔を両手で挟むように叩く。
太一「よし!」

◯前浜市役所・食堂
海、手を合わせている。
海「ごちそうさまでした」
海、弁当箱をバッグの中に入れる。
バッグからスマホを取り出しメッセージを確認。
太一からのメッセージ『今日はあの日だよね? 早く海に会いたい』
海、メッセージを見てニヤけている。
海の声「今は来年の出産計画に向けて妊活中」
佑介「うわ、キモ! 一人でニヤけてる奴がいる!」
海「は? 私のこと?」
佑介「他に誰がいるんだよ」
海「ホント中村くん失礼。でも許す。なぜなら私、今超幸せだから」
同僚「はいはい。そんなに結婚ていいもん?」
海「うん」
海の笑顔を見て微笑む佑介。

◯神浜・海岸
サーフボードを抱えた獅丸、海から上がってくる。
ウエットスーツを着ている。
獅丸に女の子が数人、集まってくる。
女A「リオン、今日はうちに来てくれるよね?」
女B「ううん。うちだよね? 今朝そう言ってくれたじゃん」
女C「嘘! 連泊なんてズルい! リオンくん、今日こそうちだよね?」
獅丸「あ〜、どうしようかな~ じゃあ、今晩はみんなのとこ順番に行っちゃおう!」
女A「え? ホント!?」
女の声「シシ〜 電話! 早く来い!」
声の方を見る獅丸。
声の相手はサーフショップのオーナー、葉月薫(50)。
獅丸、手を振り
獅丸「今行きます!」
獅丸、走り出し、振り返りながら女の子達に手を振る。
獅丸「ごめん、また連絡する!」
女の子達、不服そうだが、諦めて帰りだす。

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内
獅丸、入ってくる。
薫、カウンター内で座っている。
黒髪、日焼けしているせいか肌の色は濃く、痩せて引き締まった体。
獅丸「すみません、薫さん。電話、誰からですか?」
薫「電話? ああ、あれ、嘘」
獅丸「え?」
薫「シシ、ファンとはするなっていつも言ってるだろ」
獅丸「してませんよ。昨日だってただの添い寝です、添い寝バイト」
薫「あんたが何もするつもりなくても、向こうはそうじゃないかもしれないだろ。ちゃんと一線引いとけ。添い寝バイトなんてやめろ」
獅丸「すんません」
薫「それから、次の大会で結果出して、スポンサー、ちゃんとゲットしな。で、自立してうちからも出てって、早く一人暮らししろ」
獅丸「え〜、薫さん、ひどい。僕にそんなことできないって分かってるじゃないですか。見捨てないでくださいよ〜 僕と薫さんの仲じゃないですか! これからも楽しく助け合いながら暮らしましょうよ」
薫「は? まさかうちにずっと居座る気? あんたがいるせいで彼氏も作れない」
獅丸「もう3回も結婚したんだからいいじゃないですか。まだ結婚するつもりですか?」
薫「もちろん。結婚に回数制限はない」
獅丸「まあそうですけど・・ でも僕、薫さんに彼氏ができても、その人と仲良くできる自信ありますよ。僕のことなんて気にせず恋活してください。あ、それに僕、介護とかも多分得意です。老後のことは心配しないでください」
薫「うっさい! あんたが良くても私が嫌なの。それに今から私の老後心配されたくないわ」
獅丸と薫、笑う。

◯葉月家・獅丸の部屋(夜)
獅丸、ベッドに座り、自分のサーフィンの動画を見ている。
獅丸の声「僕は太刀獅丸。先のことなんて考えても仕方ない。計画してもその通りになるとは限らない。だから今目の前にあることを頑張るだけ」
獅丸、おもむろにベッドの上に立ち、サーフィンの動きをしている。
ドアが開き、薫が顔を見せる。
獅丸「うお!」
獅丸、慌ててベッドに座りスマホを体の下に隠す。
獅丸「薫さん! ノックしてください!」
薫「あ、ごめんごめん。エロ動画でも見てたか」
獅丸「そ、そうです! だからノックしてほしいっていつも言ってるじゃないですか」
薫「よしよし、健全健全。健全な男の子はさっさと風呂入っちゃいな」
薫、ドアを閉める。

◯同・同・ドア前(夜)
薫、微笑んでいる。
X X X
(フラッシュ)
獅丸の部屋。
獅丸、ベッドの上に立ち真剣な顔でサーフィンの動きをしている。
X X X
薫「可愛いヤツ」

◯神島家・海の部屋(夜)
整頓された部屋。
壁のフックには翌日の洋服がセットされている。
海、デスクに座り、スケジュール帳に記入している。
昨日まで斜線が引かれたスケジュール。
今日のところには『妊活』の記載がされている。
海、今日の部分に斜線を引き、スケジュール帳を閉じる。
海「よし、順調順調」
海、スケジュール帳をバッグに入れ、バッグを椅子の上に置く。

◯同・太一の部屋(夜)
ノックの音。
太一、ドアを開ける。
パジャマ姿の海、照れた様子でうつむきながら立っている。
太一、微笑みながら海の手を取り部屋に入れる。
太一「どうぞ、奥さま」
太一、ドアを閉める。
二人、ぎこちない感じで抱き合う。

◯前浜市・情景(朝)
住宅街に朝日が差している。

〇神島家・海の部屋(朝)
海、ベッドに寝ているが、目を開ける。
ベッドサイドのスマホを手に取り、アラームが鳴る前に止める。
海の声「朝は5時に起床」
海、ラジオ体操をしている。
海の声「体操をし、6時までに身支度をすませ」

◯神島家・ダイニング(朝)
海、料理をしている。
海の声「7時までにお弁当作りと朝食を済ませる」
海、弁当箱をバッグに入れている。
海の声「毎日を計画通りに生きることが、私の幸せ」
太一、入ってきて海を笑顔で見つめている。
太一「おはよう」
海「あ、おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
太一「ううん。海が仕事行く前に会いたくて」
海「フフ。あ、そうだ、前にも言ったけど、今日帰るの少し遅くなるね。て言っても閉店までには帰るけど」
太一「マコちゃんとご飯だっけ?」
海「そうそう」
太一「うん、分かった。マコちゃんによろしくね」
海、笑顔で頷く。

〇前浜市役所・戸籍住民課・窓口
海が座っている。
手元のスイッチを押す。
機械の音声「118番でお待ちの方、お待たせいたしました」
住民、窓口に来る。
住民「すみません、住民票が欲しいんですけど、書き方がよく分からなくて」
海「分かりにくいですよね。何に使われますか?」
海、住民の手元の申請用紙を受け取り確認する。

〇レストラン風・厨房
太一、寸胴を前に立っている。
寸胴の中にはデミグラスソース。
父・神島幸一(52)、味見をしている。
幸一「まだ出せないな」
太一「分かりました。またお願いします」
太一、頭を下げる。

〇前浜市役所・ロッカールーム(夕方)
海、着替えをしている。
はるか、入ってくる。
はるか「お疲れ様でした。海さん、今日早いですね」
海「うん、友達とご飯の約束があって」
はるか「いいなぁ。どこ行くんですか?」
海「駅前の『メゾン』?『セボン』? 新しくできたとこ」
はるか「確かセゾンだと思います。いいな~ 美味しかったら教えてください」
海「うん、良かったら今度一緒に行こうね。じゃ、お先~」
海、出て行く。
はるか「ホントですか?! 海さん、絶対ですよ~ って聞いてないし」
既に海はいない。

◯カフェ・店内(夜)
海と海の友人、井上マコ(22)が座っている。
マコは茶髪ボブ。背は低め。
丸顔で可愛らしく優しい雰囲気。
マコ「ね〜海、お願い。付き合ってよ」
海「うーん。マコのお願いなら聞いてあげたいけど・・ボディボード? 何それ? 知らないし・・」
マコ「ビート板みたいのに乗って波乗りするの。サーフィンよりも簡単だし、乗ってる姿も可愛いの。見て」
マコ、スマホの画面を見せる。
海「ふーん」
マコ「それに、もう海の分もスクール申し込んじゃったし」
海「え?」
マコ、拝むように手を合わせる。
マコ「お願い! 私の恋が叶うかどうかかかってる! 私も海みたいに結婚したいの!」
海「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
マコ、スマホの写真を見せる。
マコと映る男性・黒木賢(27)。サーフボードを抱え、笑顔で映っている。
黒髪で色黒。爽やかな青年。
マコ「黒木賢くん。消防士で、サーファーなの」
海「え? カッコいいけど、どうやって知り合ったの?」
マコ「徹くんて覚えてる? この前紹介してもらったの。こんな彼氏がいたらヤバイよね。悶える」
海「じゃあ私とビート板してるよりサーフィンした方がいいでしょ。その彼に教えてもらってさ」
マコ「だってサーフィン難しそうじゃん。道具だって高いし。ていうか、賢君の前の彼女も、やってたみたいなの。ボディボード。ね、お願い! こっそりできるようになって驚かせたいの!」
海「う・・ん・・分かった。太一に相談してみる」
マコ「ありがと! 良かった〜」

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内(日替わり)
マコと海、緊張した顔で立っている。
薫「二人ともМで良さそうね」
薫、二人にウエットスーツを渡す。
薫「水着の上からこれ、着てみて」
マコと海、頷いて受け取る。

◯同・試着室前
マコと海、試着室のカーテンを開ける。
薫が腕組みしながら前に立っている。
薫「うん、大丈夫そうね。じゃあ、ここで交代。シシ〜」
獅丸の声「あ、今行きます」
X X X
薫、獅丸の肩に手を置いている。
薫「インストラクターの太刀獅丸君ね」
マコと海、獅丸の風貌を見て動揺し、瞬きをしている。
薫「じゃあ、二人とも楽しんできてね」
薫、手を振る。
獅丸「よろしくお願いします。じゃあ、早速行きましょう」

◯神浜・海岸
獅丸を先頭にマコと海が歩いている。
3人ともボディボードとフィンを抱えている。
獅丸「お姉さんたちはおいくつですか?」
マコ「あ・・いくつに見えます?」
獅丸「すみません。正解の答え方全然わかんないんですよ。あの、僕20歳なんですけど、僕より年上か年下かだけ教えてもらっていいですか?」
マコ「フフ、上〜 見て分かるでしょ」
獅丸「いや、もし間違えたら凍るじゃないですか。で、お姉さんたちに帰られちゃったら、うちのサーフショップ終わるんで。薫さん、あ、さっきの怖そうなお姉さんにボコボコにされます」
マコ「またまた〜」
獅丸「いや、ホントです。僕には容赦ないんですよ、あの人」
マコと海、笑う。
獅丸「じゃあ、え~と、海さんは・・」
海、手を挙げる。
獅丸「(それぞれに顔を向けながら)海さんとマコさんですね。僕のことは獅丸と呼んでください」
マコ「獅丸先生ですね」
獅丸「いや、先生とかやめてください。僕なんかには呼び捨てぐらいが丁度いいんで」
マコ「何それ」
マコと海、笑う。
X X X
波打ち際の近くで止まる。
獅丸「じゃあ、一旦この辺でこれ置きましょう」
全員、砂の上にボードとフィンを置く。
獅丸「お二人とも泳ぎは得意ですか?」
マコと海、顔を見合わせる。
マコ「得意とは言えないですけど、一応は泳げると思う・・」
海「学校の授業くらいしか・・」
獅丸「オッケーです。ちなみに今日は足がつかないところにも行きます。そして(海を指しながら)海はプールと違って波もあります」
マコと海、不安そうな顔をする。
獅丸「大丈夫です。この神浜は遠浅なので、急に深くなったりはしません。それとこのボードは必ず浮きます。この紐、リーシュコードというんですが、これを腕につけるので体から離れません。それに、僕がいます」
マコと海、不思議そうな顔をする。
獅丸「一応僕、ライフセーバーの資格持ってるんで。もし溺れたら絶対助けます」
獅丸、二人を見て笑顔でポーズを決めて見せる。
海とマコ、笑う。

◯レストラン風・外
求人の紙が貼られている。
『スタッフ急募』
清水美羽(しみずみう)(16)、求人の紙をじっと見つめている。
美羽は色白で黒髪。
長い髪をポニーテールにしている。

◯同・店内
太一、太一の両親、パートとアルバイトスタッフが昼食を食べている。
バイトの岡田(20)「あれ? そういえば今日、海さんは?」
太一「ああ、友だちとサーフィン行ってる」
岡田「海さん、サーフィンなんてするんですか!? 意外です」
太一「なんか友達に頼まれて仕方なくって言ってた。今日はスクールだって」
岡田「そういうことですか。自分から行くようなタイプじゃなさそうですもんね」
入口が開く。
美羽、入ってくる。
太一、立ち上がり、
太一「すみません。昼の営業は終わってしまったんですけど・・」
美羽、立ち止まり、太一に見とれている。
太一「あの・・昼の営業は――」
美羽「あ、すみません。表の『スタッフ急募』っていうの見たんですけど・・」
太一「あ、バイトの?」
太一、振り返り母親の神島仁枝(50)を見る。
仁枝、立ち上がり、美羽の方に歩いてくる。
仁枝「バイト? 助かるわ~ いつから来れる?」
美羽「あ、今日からでも大丈夫です」

◯神浜・海岸
獅丸、砂浜の上にボードを置き、乗り方を教えている。
マコと海、獅丸を見ながら同じようにボードに乗っている。
獅丸「じゃあ、海に入る前にストレッチしましょう」
マコと海、獅丸を見ながら同じようにストレッチをしている。

◯レストラン風・フロア
隅の方の席。
仁枝と太一が座っている。
反対側、向かい合うように美羽が座っている。
仁枝「アルバイトは初めて?」
美羽「あ、はい。・・ダメでしょうか?」
仁枝「ううん。そうじゃなくってね。履歴書って知ってる?」
美羽「いえ。すみません。何も知らなくて・・」
仁枝「悪いことしてるわけじゃないんだし、謝らなくていいの。ちょっと待ってて」
仁枝、立ち上がり店の奥へ行く。
太一「高校生?」
美羽「あ、はい。高校1年生です」
太一「そっか。あ、ホールとキッチン、どっちが希望?」
美羽「? ホールって・・何ですか?」
太一「あ、注文聞いたり、料理運んだりする人のことだよ」
美羽「ちなみに(太一を手で示しながら)お兄さんは・・」
太一「僕は調理・・あ、キッチンの方」
仁枝、席に着く。
仁枝「あ、ごめんね。お待たせ」
テーブルに履歴書とボールペンを置く。
仁枝「これが履歴書ね。今書いてく?」
美羽「いいんですか?」
仁枝「もちろん!」
美羽、教わりながら書き始める。

◯海
獅丸、マコ、海の3人、横並びで泳いでいる。
海「獅丸君の髪の色は、地毛ですか?」
獅丸「え? 海さん正気ですか? こんな顔でこんな地毛の日本人いると本気で思ってます?」
海、獅丸の言い方が可笑しく、笑う。
海「もしかしたらって思って」
獅丸「僕、憧れの人がいるんです。その人みたいになりたくて脱色してるんですよ。毎回頭皮に超しみて泣いてるんですけど」
海「そうだったんだ? でもいいね、そういう憧れの人いるの」
獅丸「はい」
獅丸、微笑み沖の方を見つめる。
獅丸「あ、この辺から多分足がつかないです」
海「え? 嘘!」
海、ボードにしがみつく。
獅丸「嘘です」
海、ボードに乗ったまま足を伸ばしてみるとフィンの先が砂に着く。
海「え、ひどい〜」
獅丸、笑う。
獅丸「すみません。でも結構ギリギリですよね? 後ろ見てください。結構沖に来ました」
マコ「本当だ〜」
獅丸「フィン付けてると意外とスピードが出てるんですけど、気付きづらいんです。たまに後ろとか横見て自分のいる位置を確認した方がいいです」
マコと海、頷く。

◯レストラン風・店内
仁枝、美羽の書いた履歴書を見ている。
仁枝「うん。いいわ。あとはご両親どちらかにこの承諾書書いてもらえる?」
仁枝、承諾書を渡す。
美羽「え? 今から働きたいんです。無理ですか?」
仁枝「そうね。お店としては今からでもお願いしたいんだけど、美羽ちゃんはまだ高校生だし。ごめんね。決まりだから」
美羽、泣きそうな顔をする。
仁枝「ごめんね~」
美羽、首を横に振り、
美羽「私こそすみません。すぐにお母さんに書いてもらいます」
美羽、承諾書をカバンに入れ、立ち上がり、お辞儀をして出て行く。

◯海
獅丸、ボディボードに乗り、波の上を滑っている。
海「嘘! あれ、獅丸君? カッコいい・・」
マコ「うん! あんな風に乗れたらいいね~」
マコと海、顔を見合わせて笑う。
獅丸、マコと海のところに戻って来る。
獅丸「じゃあ今みたいな感じでやってみましょう。マコさん、どうですか?」
マコ「はい!」
獅丸「じゃあ僕が合図したらさっき練習したバタ足です。波に押される感覚が来たら、体を波に任せます。いいですね。じゃあ体の向きを変えてください」
マコ「はい!」
マコ、体の向きを変える。
波が来る。
獅丸「今です! マコさん、バタ足です!」
マコ、波に乗り滑っていく。
海「すごい! マコ、乗れてる!」
獅丸「じゃあ次は海さん、行きましよう」
海、頷き、体の向きを変える。
波が来る。
獅丸「今です! 海さん! バタ足です!」
海、バタ足をするが波に乗れず、巻かれてしまう。
海の姿が消える。
獅丸「あれ?」
X X X
(フラッシュ)
ボードにしがみつく海の姿。
X X X
獅丸「ヤバ!」
獅丸、海が消えた場所に向かい泳ぎ始める。

◯海中
体が回転し、もがく海。
視界は泡で真っ白。
海の声「え? なにこれ、怖い。どっちが上?」
パニックで手をバタバタさせる海。
海の背後から手が伸び、脇を抱えられて体がホールドされ、海面に向かって上昇する。

〇海
海面に顔を出し、咳き込む海。
波から守るように立ち泳ぎをしている獅丸。
獅丸、海のボディーボードを手繰り寄せ、海の体に当てる。
獅丸「海さん、分かりますか? これに掴まってください。もう大丈夫です」
海、咳き込みながら頷く。
マコ、寄ってくる。
マコ「大丈夫? 何があったの?」
獅丸「多分波に巻かれました。怖いですよね、あれ。すみません」
海「ううん。助けてくれてありがとう」
海の手が震えている。
獅丸、海の手を握る。
獅丸「少し海から上がって休みましょう」
海、マコを見る。
心配そうな顔のマコ。
海「ううん。大丈夫。もう一回やってみたいし」
マコ「無理しなくていいよ~」
海「無理じゃないよ。このままだと悔しいし。獅丸君、ありがとう。もう大丈夫」
海、獅丸に向かってほほ笑み、獅丸、頷いて体を離す。
3人、沖に向かって泳ぎだす。

〇海岸
獅丸、マコ、海の3人が歩いている。
マコ「あ~楽しかった」
獅丸のファンの女性数人、獅丸を見つけ、
女性A「あ、リオンくん!」
女性B「リオンく~ん!」
ファンの子たち、獅丸に向かって手を振っている。
獅丸、手を振り返す。
獅丸「こんにちわ~」
マコ「え? リオン君て?」
獅丸「ああ、僕のあだ名です。昔、あの子にプレゼントもらったんですよ。ほら、僕の名前、獅丸の獅ってライオンじゃないですか。だから英語で『ライオン』て書いてあったんですけど、僕、バカだから読めなくて。『リオンて何ですか?』って」
獅丸、ボディボードに貼られた『LION』の文字を指差し笑う。

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内
テーブルにマコと海、座っている。
薫、カウンター越しに話す。
薫「どうだった? 乗れた?」
マコ「はい、すっごく楽しかったです」
海「私は・・ダメでした」
マコ「でももう少しだったよね」
海「うん」

◯回想・海中
体が回転し、もがく海。
視界は泡で真っ白。
パニックで手をバタバタさせる海。
海の後ろから手が伸び、脇を抱えられて体がホールドされ、海面に向かって上昇する。

◯サーフショップ『リーフサーフ』・店内
海、テーブルの下で自分の手を握る。
獅丸「お待たせしました」
獅丸、コーヒーを置く。
マコ「え? なんですか?」
薫「コーヒー。今練習中なんだって。飲んでやって」
獅丸「あ、コーヒーもしかして苦手ですか? ミルクとか砂糖いります?」
マコ「ううん、大丈夫。そのままで飲める」
獅丸「海さんは? 大丈夫ですか?」
海、頷く。
海「ブラックで大丈夫」
マコと海、コーヒーを飲む。
海「あ」
獅丸「あ、ってなんですか? ちょっと海さん!」
海、笑う。
海「意外と美味しい・・かも」
獅丸「なんですか、それ。『意外と』とか最後の『かも』とか、いります?」
薫「おいおい、シシ。練習に付き合ってくれてるのに失礼だろ」
獅丸「すんません」
薫「マコちゃんは?」
獅丸、マコの顔を見つめる。
マコ「そんなに見られてたら言いづらい」
薫「正直に言ってやって。その方がこの子のためだから」
マコ「美味しいんですけど、私はコンビニのコーヒーの方が好きかも」
獅丸「うぉー、コンビニコーヒーに負けた! これ、すっごいいい豆なのに!」
薫「マコちゃんありがとね~ シシ、まだまだだな。豆に謝れ」
全員、笑う。

◯レストラン風・店内
美羽、入ってくる。
美羽「おばさん、すみません! 持ってきました!」
奥から仁枝、出てくる。
美羽、承諾書を差し出しお辞儀をする。
仁枝「え? 美羽ちゃん? 今日持ってくると思わなかった! どう? 見せて」
仁枝、承諾書を見ている。
美羽「あの・・これで今日から働けますか?」
仁枝、美羽を見て笑顔で頷く。
美羽「ありがとうございます!」

〇サーフショップ『リーフサーフ』・店内
マコ、ウェアなどを見ている。
海、マコの横に立ち、見ている。
海「本当に今日揃えるの?」
マコ「だって今日だったら10%引きだよ? 買うしかないじゃん。ねえねえ、賢くんの彼女だったらこういう感じかなぁ?」
マコ、ウェアを自分の体に当てて海に見せる。
海「うん、似合ってる。かわいい」
マコ「海は? 買わないの?」
海「私は・・まだいいかな」
マコ「じゃあさ、またスクール一緒に来ようよ! 今度こそ大丈夫だって!」
マコ、海の手を取り跳ねる。

〇レストラン風・厨房(夕方)
隅のテーブル。
折り畳み椅子を仁枝、広げて置く。
横に美羽が立ち、見ている。
仁枝「美羽ちゃん。折り畳みの椅子はいつもあそこにあるから。食べるときだけ広げて、食べ終わったら片付けるのよ」
美羽「はい」
仁枝、テーブルにまかない料理が乗ったトレーを置く。
仁枝「じゃあ、今のうちに食べちゃって」
美羽「あのこれって・・」
仁枝「まかない。働いている人たちには、おばさんが作るの」
美羽「お金は・・」
仁枝「これはお金はいらないの」
美羽「え、そうなんですか! ありがとうございます!」
仁枝、微笑む。
美羽「あの・・食べきれない分は持ち帰ったりしても大丈夫でしょうか?」
仁枝「何言ってるの。若いんだからこれくらい食べなきゃダメ」
バイト、慌てた様子で入ってくる。
バイト「奥さん、すみません。自治会の人が来てて・・」
仁枝「あ、そう。今行くわ。じゃ、美羽ちゃん、ここではダイエット禁止ね!」
仁枝、出て行く。
美羽、手を合わせた後、戸惑いながら食べ始める。

〇サーフショップ『リーフサーフ』・店内・レジ
薫、マコが持ってきたウェアなどのグッズのバーコードを読み取っている。
マコ、嬉しそうに薫の様子を見ている。

〇同・同・テーブル
海、マコの様子を見ている。
獅丸、来る。
獅丸「今日はすみませんでした」
海「え? なんのこと?」
獅丸「あ・・せっかく来てもらったのに1本も乗れなくて」
海「あぁ、いいのいいの。私は付き添いだし。マコは乗れたから。獅丸君のおかげ」
獅丸「いやいや、インストラクターとして失格です。本当は乗れなかったらタダにしてあげたいんですけど、(薫の方を指す)うるさい人がいるんですみません」
薫の声「おい、シシ~ なんか言ったか?」
獅丸「いえ、立派なオーナーだって褒めてました! 海さんが!」
薫の声「ホントか~? 悪口だったらシメルぞ!」
獅丸「ね、僕には容赦ないでしょ?」
海と獅丸、笑う。
海「あ・・獅丸君。あのね。今日みたいなこと、獅丸君も経験あるの?」
海、ギュッと自分の手を握る。
獅丸「あ~・・巻かれることですか? 普通にありますよ?」
海「そうなんだ・・そういう時、どうするの?」
獅丸「収まるのを待って、ボードをたぐります」
海「え? そうなの?」
獅丸「自然の力に逆らうの、無理ですから。この浜だったら、せいぜい1分くらいですけど、もっと長く感じますよね」
海「うん。ごめんね。なんか怖くなっちゃって」
獅丸「確かに、初めてでああなったら結構くじけますよね。でもタイミングとか、波の形とかにもよるんで。海さんのせいじゃないです。だから次回は絶対成功させましょう。あ、3回セットのお得なコースもありますよ?」
海、笑う。
海「ありがとう。それから、今日は・・助けてくれてありがとう」
獅丸「いえ。これに懲りずにまた来てください。あ、予約とか、しちゃいます?」
獅丸、カレンダーを海に見せる。
海、笑う。

〇レストラン風・厨房(夕方)
美羽、まかない料理を半分ほど食べた状態で止まっている。
太一、来る。
手には持ち帰り用の容器。
太一「大丈夫? さっきちょっと聞こえちゃったんだけど・・母さんに内緒で持って帰る?」
美羽、太一を見て頷く。
太一、微笑む。

〇同・フロア(夕方)
次々と客が入ってきている。

〇同・厨房(夕方)
忙しそうな様子。

〇同・厨房横(夕方)
海、慌てた様子で入ってくる。
海「すみません、遅くなりました」
エプロンを付けている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「海さん、今日はいいのよ。ただでさえ平日仕事してるんだし」
海「でも、今日土曜日なんで一番忙しいですよね?」
呼び出し音が鳴る。
表示を見ると注文待ちがたまっている。
海「ほら」
仁枝「ありがとう~ でも落ち着いたら早く上がってね」
海、頷いてフロアに出て行く。

〇同・厨房(夕方)
美羽、食洗器の前で作業をしている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「ごめんね。まかせちゃったままで」
美羽「いえ。あの、今の方は・・?」
仁枝「ああ、あとで紹介するわね。海さん。太一のお嫁さん」
美羽「え? 太一さんて結婚してるんですか?」
仁枝「そうなのよ。なんだか『人生計画がある』とかなんとか言って先月結婚したばっか」
美羽、複雑そうな顔をして太一の方を見る。
太一、忙しそうに調理をしている。

〇神島家・海の部屋(夜)
壁には翌日着る洋服がかかっている。
海、ベッドに腰かけスマホの写真を見ている。
パジャマ姿。
昼間撮ったサーフショップでの写真。
中央にマコと海、端に薫と獅丸が笑顔で映っている。

◯回想・海
獅丸、マコ、海の3人、横並びで泳いでいる。
海「獅丸君の髪の色は、地毛ですか?」
獅丸「え? 海さん正気ですか? こんな顔でこんな地毛の日本人いると本気で思ってます?」
海、獅丸の言い方が可笑しく、笑う。

〇神島家・海の部屋(夜)
海、思い出し笑いをしている。

◯回想・海
獅丸、ボディボードに乗り、波の上を滑っている。

〇神島家・海の部屋(夜)
海、獅丸の写真を見つめる。
海「波に乗っている獅丸君、かっこよかったな~」

◯回想・海中
体が回転し、もがく海。
視界は泡で真っ白。
パニックで手をバタバタさせる海。
海の後ろから手が伸び、脇を抱えられて体がホールドされ、海面に向かって上昇する。

〇回想・海
海面に顔を出し、咳き込む海。
波から守るように立ち泳ぎをしている獅丸。
獅丸、海のボディーボードを手繰り寄せ、海の体に当てる。
獅丸「海さん、分かりますか? これに掴まってください。もう大丈夫です」
海、咳き込みながら頷く。
海の手が震えている。
獅丸、海の手を握る。
獅丸「少し海から上がって休みましょう」

〇神島家・海の部屋(夜)
海、獅丸に触れられた手を触っている。
ノックの音。
太一、入ってくる。
海「あ、太一」
太一、海のスマホを覗き込み、
太一「あ、これ? 今日のスクール」
海「うん」
太一「楽しかった? え? 男?」
海「あ・・ううん。違うよ。この人はただの従業員。先生はこっちの女の人」
太一「ふうん。でも海、ちゃんと指輪、してた?」
海「してたよ~ 太一こそ、してないじゃん」
太一「無理だよ。そういう仕事だし」
海「分かってる分かってる」
太一、海を見つめベッドに倒す。
太一「海・・」
海、目を逸らし、
海「・・ごめん、太一・・」
太一、体を起こし
太一「分かってる。じゃあ、待ってるから」
太一、出て行く。

〇同・太一の部屋(夜)
太一と海、ベッドで寝ている。
海、目を開け太一の様子を見ている。
そっと体を離そうとする海。
太一、目を閉じたまま海に抱きつく。
太一「ねえ、海。たまには朝まで一緒にいようよ」
海「言ったでしょ。一緒だとよく寝れないの。寝れなかったら明日に影響するでしょ。そういう積み重ねで計画が狂うのは、嫌なの」
太一「たまにはさ、二人して寝不足の顔してるのも、新婚ぽくて嬉しくない?」
海「・・嬉しくない」
太一「・・(笑いながら)ごめん」
太一、海を抱きしめたまま頭にキスをする。
太一「・・しょうがない、今日は許す」
海「なにそれ、『今日は』って」
太一、海から体を離すが、手を握る。
海、ベッドから出ようとしたところ、手を握られ引き戻される。
海「太一~」
太一「ごめん」
太一、手を離す。
海、出て行く。
太一、ドアの方を見ないように体の向きを変える。

【計画女と波乗りライオン】ダイジェスト動画2024年04月26日 22:00

生成AIなどを使用し、ダイジェスト版の動画を作ってみました。

ご視聴いただければ嬉しいです。
https://youtu.be/kXm6RKxWwE0

・動画編集:canva
・キャラクター生成:ChatGPT
・音声:VOICEVOX
・音楽:suno