【計画女と波乗りライオン】2話2024年05月03日 22:00

〇坂木家・ダイニング
海と海の母・坂木唯(45)、入ってくる。
海、大量の袋を抱えている。
唯が椅子を引くと、海、その上に重そうに置く。
海「重たかった~」
唯「すごい荷物ね」
海「うん。実家に行くっていったら、太一のお母さんに大量に持たされた」
唯「なんだか気を遣ってもらっちゃって。後でお礼の電話しとかなきゃ」
海、手を洗う。
海「なんかね、今度お店のハンバーグ、真空パックにして売るみたいなの。試作品だから食べたら感想教えて欲しいって言ってた」
海、袋の中からハンバーグを取り出し、唯に見せる。
海「とりあえず冷蔵庫にしまっとくね」
唯「ありがとう」
海、冷蔵庫にハンバーグを入れている。
唯、お茶を入れ始める。
唯「どう? 元気にやってる?」
海「うん。妊活アプリも太一と私のスマホにいれた。あ、これもしまっとくね」
唯「何?」
海「野菜だって。契約農家さんから買ってるの」
唯「ありがとう」
海、野菜を冷蔵庫にしまっている。
海、椅子に座り、ケーキの箱を取り出す。
唯「あら、それも向こうのお母さん?」
海「ううん。これは私。なんか久しぶりに食べたくなっちゃって」
唯「大丈夫? 好きなケーキも食べれないの? 今は」
唯、皿を取りに行く。
海「違うよ。でもほら、これからは食べる物も気をつけなきゃいけないのかなぁって」
海、皿にケーキを乗せ、唯の前と自分の前に置く。
唯「気にしすぎよ。そんなに神経質になる方が、良くないんじゃない?」
海「そうかなぁ」
唯、海にお茶を差し出し、座る。
海「ありがとう」
唯の左手首にブレスレット。
海、ブレスレットに気付き
海「それ、まだしてくれてたんだ?」
嬉しそうにほほ笑む。
唯「だって海のプレゼントだし。それに・・まだお母さんには必要」
唯、ブレスレットを包むように右手で触る。

〇回想・同・同(8年前)
唯、元気がない様子で座っている。
海(14)、唯(37)にブレスレットを渡す。
海「お母さん。これ、プレゼント。ヘマタイトっていう石で、お守りだよ」
とまどう唯。
海、唯の左手首にブレスレットを付ける。

〇同・同
海「病院は? ちゃんと行ってる?」
唯「うん。でも仕方ないよね。依存症って治ることはないみたい。今でもね、いつも頭の片隅にはあって、少し嫌なことがあったり、気分が落ち込むと『あ~買い物したい!』ってなっちゃう」
海「そっか。お父さんは?」
唯「こっちに戻れるように異動の希望は出してくれてるみたいだけど、まだ無理みたい。あ、でもね、海が結婚してここ出てからも、ちゃんと電話してくれてるし、先週も帰ってきてくれた」
海「そっか。よかった」

〇回想・同・寝室前廊下(8年前)
寝室のドアが少し開き、隙間からスカーフが出ている。
海、スカーフを拾おうとする。
海「お母さん、だらしないんだから」
海、寝室のドアを開ける。
足の踏み場もないほど、物が置かれている。
買ったままの状態で袋に入っている服や靴、バッグなど。
海、立ちすくむ。
海「なに、これ・・」
唯の声「海~ 早く出ないと遅れるから!」
海の耳には届いていない。

〇回想・同・階段(8年前)
唯、階段の下から見上げている。
唯「海~」
海「・・」
唯「もう」
唯、階段を上がっていく。
立ちすくんでいる海を見つける。
唯「嘘・・」

〇回想・同・寝室前廊下(8年前)
唯、海に駆け寄る。
海「お母さん、なに、これ」
唯、慌てた様子でドアを閉める。
唯「(海の肩を掴みながら)お願い。お父さんには絶対言わないで」
海、頷く。

〇回想・中学校教室(8年前・夕方)
黒板を教師・川合葵(42)が拭いている。
生徒たちが下校するために出て行く。
海、葵に近づく。
海「川合先生、すみません」
X X X
葵と海、向かい合って座っている。
海「私のお母さん、もしかしたら『買い物依存症』って病気かもしれないんです」
海、1冊の本を出す。
しおりを挟んでいるところを開き、葵に見せる。
海「ここに書いてあること、お母さんと同じなんです。でも、お母さんには『お父さんに言わないで』って言われてて。先生、私、どうしたらいいですか」
葵、海の本を手に取り、目を通した後、顔を上げる。
葵「坂木さん、落ち着いて。まだ決まったわけじゃない。坂木さんが見たものは、お母様が後で開けようと思って楽しみにしてただけかもしれないじゃない」
海「でも・・」
葵「大丈夫。坂木さんは心配しないで。私からお父様に連絡してみます。ね、大丈夫だから」
海、不安そうに頷く。

〇回想・喫茶店・店内(8年前)
葵と海の父・徹(37)が座っている。
葵「突然ご連絡してしまい、申し訳ありません。私、海さんの担任の川合と申します」
葵、名刺を差し出す。
葵「お電話でもお話ししましたが、奥様のことです」
葵、1冊の本を差し出す。
葵「海さんが言うには、こちらに書かれている内容が、奥様の状態と非常に似ているそうです」
葵、しおりを挟んであるページを開き、見せる。
葵「ご家庭の事情に立ち入るようで、大変恐縮ですが、海さんが悩んでいるようでして」
徹「本、お借りします」
徹、差し出された本を読んでいる。
葵「たまたま海さんが寝室のドアを開けたとき、大量の紙袋が見えたそうです。買ったままの状態の服や靴、バッグのようだったと」
徹「娘の見間違いでは? そんな状態、私は一度も見たことがないので・・」
葵「そうかもしれません。でも念のため、一度クレジットカードの使用履歴や通帳の残高など確認していただけないでしょうか?」
徹「妻は本当に倹約家なんです。買い物依存症なんてとても信じられません」
葵「依存症の原因は寂しさや無力感、自己肯定感の低さなどです。買い物そのものよりも、一瞬でもそれらを埋められたり忘れられたりする経験そのものです。もし、海さんが心配されているように、奥様がご病気なのであれば、すぐに医療機関などにご相談されるのがいいかと・・」
徹「そうはいっても、交通費がかかるから帰ってこなくてもいいって言ったのは妻ですよ? その分貯金して老後の楽しみにしようって。貯金通帳だって見せられて」
葵「とにかく一度様子を見に行っていただけないでしょうか? 海さんのためにも」
徹「分かりました。海の勘違いだと思いますけど」
葵「ありがとうございます。あ、それからこのことはどうかご内密に。たまたま寄った、くらいにしていただけないでしょうか? 帰る予告もしない方がいいと思います。奥様は、絶対に言わないように、海さんに口止めされたそうですから」

◯回想・坂木家・寝室(8年前)
徹、呆然と立ち尽くしている。
部屋の中を埋め尽くしている袋。
靴やバッグなどが買ったままの状態で置かれている。

◯回想・同・玄関(8年前)
海と唯、入ってくる。
2人、食料品の入った袋を持っている。
玄関に置かれた徹の靴。
唯「嘘・・」
唯、買い物袋を玄関に放置したまま、慌てて走り出す。
海、心配そうな顔で唯の後姿を見送る。

◯回想・同・寝室(8年前)
唯、青ざめた顔で入ってくる。
唯「なんで? なんでいるの? いつも帰る時連絡してくれるじゃない」
徹「連絡しなかったのは、ごめん。これは?」
唯「あの、あ、ちょっと今友達から預かってて。困るわよね。置き場所がないからってうちに置かせてほしい、なんて」
徹「・・ごめん。さっき通帳も見た」
唯「それは、あ、友達に貸してるのよ。すごく困ってて、すぐ返すつもりだって」
徹「じゃあ、これは?」
徹の手にクレジットカードの明細。
唯「友達に・・」
徹「唯、もういい。君のせいじゃない。病気なんだよ。一緒に病院に行こう」
唯「病気じゃないし、私は大丈夫。お願い。ちゃんと全部元通りにするから。あ・・海から聞いたのね! あの子ったら・・海、来なさい! お父さんには言わないでって言ったのに!」

〇回想・同・ダイニング(8年前)
海、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れているが、動きを止める。

〇回想・同・寝室(8年前)
徹、海に聞こえるように叫ぶ。
徹「海、お父さんたちは大丈夫だから。下にいなさい」

〇回想・同・ダイニング(8年前)
海、手を止めているが唇を噛み、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れる。

〇回想・同・寝室(8年前)
徹、ドアを閉め、唯に向き直る。
徹「海は関係ない。仕事でこっちにくる機会があったから、驚かせようと思っただけだ」
唯、力なくベッドに座り込む。
徹、唯の隣に座る。
徹「今まで気付かなくてごめん」

〇回想・同・海の部屋(8年前)
海、勉強机に座っている。
机の上には、一冊のノート。
『私の人生計画』と書かれている。
海の声「お母さんみたいには絶対なりたくない。だから、この通りに生きる」
海、ノートを広げる。
海の声「単身赴任でいつも傍にいてくれなかったお父さん。きっとお母さんは寂しかったんだと思う。だから、転勤がない人と私は結婚する。専業主婦のお母さん。関わる人が少なくて寂しかったんだと思う。だから私は結婚しても自分の世界を持ち続けたい。女性でも対等に働ける職場にいたい。だから、私は公務員になる。お母さんの病気のことに気づいた時、相談できる人が先生しかいなかった。兄弟がいたら、話し合えたし、もしかしたらお母さんも寂しくなかったかもしれない。だから私は、子供は二人以上ほしい」

〇同・同
海、唯のブレスレットを包むように触れ、唯を笑顔で見つめる。
海「お母さん、私今すごく幸せだよ。大好き」
唯「依存症の母親なのに?」
海「もちろん。そのことも含めて、私のお母さんだから」
唯「海・・ありがとう」
海「依存症になりやすい人は、寂しい人なんだって。でも、寂しいって思うってことは、人の温かいところを知ってるからなんだと思う。だから、お母さんは温かい心を持っている人なんだと思う」
唯「なんか無理矢理じゃない? そんな理屈ある?」
海「あるある」
二人、笑う。

〇同・玄関
海、靴を履いている。
唯、紙袋を持って立っている。
海、唯の方に向き直る。
海「じゃあ、お母さん。また来るね」
唯「あ、これ。向こうのお母さんに渡して。いつももらいすぎてるから」
海「いいのに。でもありがとう。渡すね」
唯「じゃ。無理しないで。いつでも戻ってきていいからね」
海「大丈夫だって。じゃ、また来るね」
海、出て行く。

〇海
マコ、すっかり慣れた様子でボディボードを操り波に乗っている。
海、ボディボードに体を乗せている。
獅丸、海の横に立っている。
獅丸「テイクオフはタイミングさえ掴めば簡単です。体でその感覚を掴みましょう。僕が押しますね」
海「はい。お願いします」
獅丸、波が来たタイミングで海の体を押す。
海、波に乗り滑る。
左右の景色が流れる。
海「すごい、すごい! 気持ちいい~!」
獅丸、海の様子を笑顔で見つめる。

〇海岸
獅丸とマコ、海の3人が歩いている。
海「気持ちよかった~! 波に乗るってあんな感じなんだね!」
マコ「でしょ? ハマるよね!」
海「獅丸君のおかげ。ありがとう」
獅丸「いえいえ。でも次回は絶対一人テイクオフ成功させましょうね」
海「いいよ~ ずっと獅丸君が押してくれれば」
獅丸「やめてください。このスクール入っても自分で乗れるようになれない、って言われちゃうじゃないですか」
全員、笑う。

〇海岸沿いの道
美羽、海岸にいる海達を見ている。

◯レストラン風・厨房
太一、忙しそうに働いている。
美羽、太一の様子を見ている。
仁枝、美羽に話しかけようとするが、美羽の服を見て考え込むような表情をしている。

〇同・店内
太一と岡田、美羽を含むアルバイトスタッフ数人が隅のテーブルで昼食を食べている。
岡田「あれ? そういえば海さんは?」
太一「ああ、実家に行った後、海に行くって。そういえばサーフィンじゃなくてボディボードだって。知ってる?」
岡田「分かります、分かります。そっか。海さん、ボディボードだったか。きっとかわいいんだろうな」
太一「岡田、今、妄想したろ。お願いだから、やめてくれ」
岡田「すいません。でも、太一さん、心配ですね」
岡田がニヤニヤした顔で太一を見つめる。
太一「それ言うなよ。考えないようにしてるんだから」
美羽「そういえば太一さんて奥さんとどこで出会ったんですか?」
岡田「お、美羽それ聞いちゃう?」
太一、不機嫌そうな顔で岡田を睨む。
美羽「え? もしかして聞いちゃダメですか?」
岡田「ここここ。海さんが高校生の時、バイトで入ってきたの。俺も告ったんだけど、太一さんが圧勝。いや~人間界も分かりやすいですよ。将来どうなるか分からない大学生より、ここの御曹司選ぶよな」
太一「なんだよそれ。海は中身で選んだの。人間性」
岡田「はいはい。分かってますって。人間性で負けたなんて認めたくないんです。俺だっていい男だと思うんだけどな~」
全員、笑う。
岡田「でも海さん、太一さんに決めてからは一途っすもんね」
太一「普通だろ。付き合ってれば」
岡田「太一さんと付き合ってからも告白されてましたけど、秒で振ってましたし」
太一「何それ。知らないんだけど」
岡田「え? 俺、なんかまずいこと言っちゃった?」
美羽と太一以外全員笑う。
太一と美羽、不機嫌そうな顔をしている。

〇同・厨房
太一、夜の準備をしている。
美羽、太一を見つめている。
太一、美羽の視線に気付く。
太一「ん?」
美羽「あ・・いえ」
太一、視線を戻し作業に戻る。
美羽「あの、太一さん」
太一「何?」
美羽「少し話したいことが・・」
太一「急ぐ? これ、終わってからでもいい?」
美羽「あ・・もちろんです。すみません」
太一「ごめんね」
美羽「いえ、全然大丈夫です」

〇同・貯蔵庫・中
美羽、置かれている食料品の在庫などを見ている。
太一、入ってくる。
太一「ごめんね。2人きりでないと話せない事って何?」
美羽「あの! 今日来るときに奥さん見かけたんですけど・・男の人と一緒でした・・」
太一「え? 何? どういうこと?」
美羽「昼間、岡田さんは奥さんのこと『一途』とか言ってましたけど、私にはそう思えなくって。その男の人と二人で海岸を仲良く笑いながら歩いてたんです。あの、色が黒くて、髪が白い人です。いかにもサーファーって感じの!」
X X X
(フラッシュ)
海の部屋。
海のスマホの獅丸の写真。
X X X
太一「あいつか・・?」
美羽「もしかして太一さんのお知り合いですか?」
太一「いや・・」

〇回想・神島家・海の部屋(夜・数日前)
太一、海の横に置かれているスマホを手に取り、
太一「あ、これ? 今日のスクール」
海「うん」
太一「楽しかった? え? 男もいたの?」
海「あ・・ううん。違うよ。この人はただの従業員。女の先生とマコと3人」

〇レストラン風・物置・中
太一M「ただの従業員て言ってたよな・・」
太一「見間違いじゃないよね?」
美羽、首を横に振る。
美羽「視力いいんです、私」
太一「そっか・・ありがと」
美羽「なんか・・すみません。でも、太一さんと結婚しているのに、海さん、他の男の人と遊んでるって思ったらなんか許せなくって」
太一「うん。帰ったら海にも聞いてみる」
美羽、頷く。
美羽「それから・・」
太一「ん?」
美羽「この前はありがとうございました。まかないのこと」
太一「あ〜、全然。気にしないで」
美羽「あの・・これからも持ち帰ってもいいでしょうか? 今日は家からお弁当箱、持ってきたので」
太一「(笑いながら)そっか。でもそんなに多いなら、僕から母さんに伝えとこうか? 減らしてもらえば?」
美羽「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
美羽、笑顔を太一に向ける。

〇同・厨房横(夕方)
海、入ってくる。
海「お疲れ様です」
笑顔でエプロンを付けている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「海さん、今日は疲れてるでしょ? 本当にいいのよ、お店のことは」
海「いいえ、お母さん。遊んできたのに疲れただなんて言えません。あ、母からお礼を伝えるように言われました。あ、あと手土産も。リビングのテーブルの上に置いておきましたので」
仁枝「昼間ご丁寧に電話いただいたわ。かえって気を遣わせちゃったわね。いつもありがとう。ごちそうさま」
海「とんでもないです」
呼び出し音が鳴る。
海「あ、私行きますね」
海、楽しそうに出て行く。
その姿を太一と美羽が複雑そうな顔で見ている。

〇神島家・海の部屋(夜)
海、ベッドの上でボディボードに乗っている姿勢をしている。
目をつぶる。
X X X
(フラッシュ)
海。
流れていく景色。
X X X
海、目を開けて仰向けになる。
海「気持ちよかったな~」
ノックの音。
ドアが開き、太一が入ってくる。
太一「気持ちよかったってどういうこと?」
海、起き上がる。
海「あ、太一、今日ね、初めて波に乗れたの」
太一「・・それだけ?」
海「え?」
太一、海の横に腰かける。
太一「海のこと、見た人がいて・・男と仲良さそうに歩いてたって」
海「男? ああ、獅丸君ね。インストラクターなの。教えてもらってただけ」
太一「この前、海、女の人に教えてもらったって言ってたよね?」
海「あ・・」
太一「嘘だった?」
海「・・ごめん。心配、かけたくなくて・・つい」
太一「なんだよ、それ。普通に心配するでしょ。もうそんなスクールやめろよ」
海「え? 嘘でしょ? だって全然そんな、太一が心配するようなこと、何もないよ」
太一「・・そんなにその男と会いたいってこと?」
海「ちょっと何言ってるの? ただのインストラクターだよ? マコもいたし」
太一「どうせそれも嘘なんだろ。海が男と二人で歩いてたって、見た人がいるんだ」
海「何それ! そんな人の言う事信じるの? じゃあマコに電話しようか?」
太一「そういうことじゃない。他人から見て誤解されるようなことするなよ」
海「だって教えてもらってるんだもん。普通に話すでしょ。市役所だって男の人いるし、普通に話すよ。なんでそんなに獅丸君にこだわるの?」
太一「市役所は、ちゃんとした人が働いてるわけだし。そのインストラクターって、髪の毛白くしてるような奴だろ。まともな人だとは思えない」
海「それって偏見だよ! 獅丸君いい子だし、ライフセーバーの資格も持ってるの。溺れたとき、私のこと、助けてくれたし」
太一「は? 何それ? 海、溺れたの?」
海「あ・・」
太一、大きくため息をつく。
太一「僕はこういう仕事だし、休みも海と合わないし、海と一緒にいられる時間が少ないから悪いと思ってる。休みだって海の好きにすればいいよ。だけどさ、ボディボードはマコちゃんに頼まれて仕方なくっていうから許したけど、今日とかすごい楽しそうにしてるし。全然仕方なくって感じじゃないし。海はさ、僕と結婚してるんだよ? この店のお客さんだって知ってる。誰に見られてるか分かんないんだよ。それなのに、他の男と楽しそうにしてるとかありえないと思う」
海「・・ごめん。分かった。心配かけてごめんね。もう二度と行かないから。許して」

〇清水家(美羽のアパート)・外観(夜)
鉄筋コンクリート造りの古いアパート。

〇同・ダイニング(夜)
美羽、入ってくる。
美羽「ただいま~」
美羽の弟・清水大和(12)、隣の和室でテレビを見ている。
大和、美羽の方を見ずに
大和「おかえり~」
美羽、大和を見てほほ笑む。
美羽「大和、おなか空いてる?」
大和、美羽の方を見る。
美羽、お弁当箱を掲げる。
大和「空いてる!」
大和、嬉しそうに走ってくる。
美羽「今日はね、唐揚げだったんだよ~ 今温めるね」

◯市役所・食堂
海、ため息をついている。
佑介、海の前に座る。
佑介「ケンカでもした?」
海「あ、中村君。ちょっとね」
佑介「いいね~夫婦っぽくなってきた」
海「ひど!」
佑介「で? なんかあった?」
海「あ~うん。友達がね、ボディボード始めるっていうから、一緒にスクールに行ったの。でもね、そのインストラクターが男っていうだけで、『やめろ』とか言うわけ」
佑介「あ~そういうことね。でも、俺もそれするかも。嫉妬」
海「え? でも教えてもらうだけだよ。友達もいるし」
佑介「逆だったら? 女性インストラクターに教えてもらってニヤニヤしている旦那さん。想像してみて」
海「その『ニヤニヤ』っていうの余計だけど。ニヤニヤしてなければなんとも思わないかな~」
佑介「じゃあ、旦那さんは海がニヤニヤしてるの、想像しちゃったんじゃないの?」

〇海の妄想・海
太一、水着の美女に囲まれてサーフィンの板に乗っている。
バランスを崩して板から落ち、美女に笑われながら手を差し伸べられている。
ニヤニヤした顔の太一。

〇前浜市役所・食堂
海、不機嫌そうな顔をする。
佑介「ほら」
海「だって太一、わざと板から落ちたし! 私はそんなことしてない!」
佑介、笑いながら海を見ている。
海、咳払いし、
海「うん、まあ確かにイラつくかも。でもね、なんかちょっと引っ掛かるんだよね」
佑介「ん?」
海「ああ、海岸歩いて移動してた時、私を知ってる人が見てたらしいの。その人が太一に、『男と仲良さそうに歩いてた』って言ったって」
佑介「自分が見てもイラつくのに、それを他人から聞かされたら、そりゃ妄想膨らむだろうな。にしても、その見たってやつもちょっと悪意あるよな~ 他人が余計なこと言うな、っつうの」
海「うん。ありがと。でも、うちはレストランやってるから。常連さんとかに見られてるかもしれないって自覚なかったのは確かかも。まあ、もう行かないからいいんだけど。ありがと。聞いてくれて」
佑介「おう。ま、あまり気にすんなよ」
二人、笑顔。
海「ちょっとすっきりした。お昼食べようっと」
海、弁当を食べ始める。

〇回想・居酒屋(3年前・夜)
海(19)と佑介(23)を含む10人ほど、座っている。
テーブルには料理や飲み物が並んでいる。
全員「研修初日、お疲れ様~」
全員で乾杯をしている。
X X X
佑介、隣の海に
佑介「坂木さんて結婚してるの?」
海「え? どうしてですか?」
佑介「あ、指輪してるから」
海「あ~、これは・・彼氏です。でも、22歳で結婚する予定なんで」
佑介「あ、そうなんだ。え? でも随分具体的だね。22歳ってまだ先でしょ?」
海「あ、3年後です。でもほら、それまでに貯金しないといけないですし。私、人生計画があるんです。22歳で結婚して、23歳で女の子出産。27歳で男の子出産。長男が大きくなったら調理師になってもらって、店を継いでもらうんです。あ、私の彼、レストランの長男なんで。で、私は市役所で定年まで働いたら、息子の経営する店を手伝いながら年金をもらって、優雅な老後を過ごす予定です」

〇前浜市役所・食堂
佑介、おいしそうに弁当を食べている海の笑顔を見つめる。

〇神島家・リビング(夕方)
美羽、仁枝に続き、入ってくる。
美羽、落ち着かない様子で周りを見ている。
仁枝「美羽ちゃん、座ってて」
仁枝、出て行く。
美羽、立っている。
仁枝、入ってくる。
仁枝「遠慮しないで。座って。ほら」
美羽、戸惑いながらソファに座る。
仁枝、テーブルにお菓子とお茶を置く。
仁枝「これ、すごくおいしいのよ。食べて」
美羽、見つめている。
美羽「あの・・私何かしてしまったんでしょうか?」
仁枝「何か? ううん。謝るようなことは何も。何で?」
美羽「だって・・私だけ呼ばれて、お菓子までって何かおかしいです」
仁枝、美羽の方を見て息をつく。
仁枝「じゃあ、私食べちゃお。お先にごめんね」
仁枝、食べ始める。
仁枝「大丈夫。美羽ちゃんが来てくれて助かってるのよ。本当。あのね、おばさん隠し事とかできない人だから、これから言うことで美羽ちゃんが嫌な気持ちになっちゃったらごめんね」
美羽、泣きそうな顔で仁枝を見つめる。
仁枝、美羽の目を見る。
仁枝「まかない、持って帰ってるでしょ?」
美羽「あ、ごめんなさい。もう二度としません。ごめんなさい」
美羽、ソファから下りて土下座しようとする。
仁枝、慌てて手を伸ばして美羽の腕を掴む。
仁枝「謝らなくていいの。おばさん、怒ってるんじゃないのよ。ほら、座って」
美羽、ソファに座る。
仁枝「おばさんにもね、娘がいるの。太一のお姉さん。もうここを出て一人暮らししてるんだけどね。それに、バイトの子たちも美羽ちゃんくらいの子がいるから分かるの。まかない、食べれない量じゃないでしょ。昼間は食べてるし。何か事情があるなら教えて」
仁枝「ダイエット? 食が細いとか? おばさんに悪いと思って食べれなかった分、家で捨ててるとか?」
美羽「捨てるなんて!」
仁枝「・・」
美羽「あ・・弟がいるんです。うち、貧乏で。夕ご飯も、いつもご飯に塩かけたりして食べてて。おばさんが作ってくれるおかず美味しくて。でも私だけ食べるの、悪いなぁって。弟に食べさせたくて」
仁枝「そうだったの。話してくれて、ありがとう」
美羽「・・」
仁枝「あの・・お母さんは?」
美羽「お母さんは、あ、母は、夜も仕事してて。だからいつもいないんです。夕ご飯は私と弟だけ」
仁枝「美羽ちゃん。子供はね、大人に甘えるのが仕事なの。甘える大人はね、自分の親じゃなくていい、甘えられる大人に甘えればいいの」
美羽「・・」
仁枝「これからはちゃんと美羽ちゃんが持ち帰る分も作ってあげるから、
まかないで出された分はちゃんと食べなさい。おばさんが作った料理、残したら許さないからね」
仁枝、美羽を見て微笑む。
美羽「・・」
仁枝、紙袋を美羽に渡す。
仁枝「それからね、これ、娘のお古なんだけど、もらってくれる? もう着ないのにたくさん残ってて。流行りのものじゃないけど、まだ着れるから」
美羽「でも・・」
仁枝「ここにあっても捨てるだけだし、美羽ちゃんが気に入らないものがあったら捨てて」
美羽「・・」
仁枝「・・もし美羽ちゃんのお母さんに何か言われるようだったら、『おばさんに無理矢理渡された』って言いなさい。お母さん、ここに連れてきてもいいから。その時はおばさんから話すから大丈夫。いい? 甘えるのが美羽ちゃんの仕事だからね」
美羽「ありがとうございます」
仁枝「さ、食べて。これも残したら許さないからね」
美羽、頷いてお菓子を食べ始める。

〇海
賢、友人とサーフボードに乗って波待ちをしている。
友人「賢、さっきさ、すっごいかわいい子いてさ。声かけたんだけど、速攻断られたわ」
賢「何それ。そんなかわいい子いたか?」
友人「あ、あの子だよ。あのボディボ」
友人が指を指す。
マコである。
賢「あれ? 確かあの子・・」
友人「マジか。知り合い? まさかお前・・うわ、もう次の彼女? なんだよ。お前ばっかりずりぃ」
賢「まだそんなんじゃ。お、いい波!」
友人「『まだ』ってなんだよ。彼女にする気じゃん。じゃあ、この波は俺がもらうわ」
友人、テイクオフの姿勢をとり始める。

〇海岸
マコ、砂浜に座っている。
賢、マコに近づく。
賢「もうあがり?」
マコ、まぶしそうに賢を見上げる。
マコ「え? あ・・え?!」
マコ、慌てた様子でお尻の砂を払いながら立ち上がる。
マコ「あ、あ~、うん。もう1本いこうかどうか迷ってたとこ」
賢「マコちゃんだっけ? ボディボード、始めたんだ?」
マコ「あ~、うん。まだ全然初心者なんだけど」
賢「でも何本かいってたよね。向こうから見てたけど結構イケてた。筋いいんじゃない?」
マコ「あ、ありがと」
賢「一人?」
マコ「うん。友達と予定合わなくて。基本一人・・かも」
賢「そっか。あのさ、今晩て・・ヒマ?」
マコ「ああ・・今晩・・」
賢「あ、用事があるならいい」
マコ「ううん。大丈夫。全然ヒマだから」
賢「そっか。良かった。じゃあ、飯でもどう?」
マコ「うん。いいよ」
賢「じゃあ、迎えに行く。家の場所、あとで教えて」
賢、去っていく。

〇マコのアパート・寝室
ベッドの上には大量の服。
マコ「どうしよどうしよ。嬉しすぎる! 何着てこう」
マコ、鏡の前で交互に服を自分の体に当てている。
部屋の隅には賢の写真が飾られているコーナーがある。
その中にキラキラしたストーンで飾られている箱が置かれている。
マコ「あ!」
マコ、箱を見る。
マコ「万が一ってこと、あるよね?」
マコ、箱をうやうやしく掲げ、丁寧に開ける。
箱の中には可愛くセクシーな下着が入っている。
マコ、下着を取り出し、鏡の前で自分の体に当てる。
マコ「やばい、可愛すぎる・・キャ~!」
マコ、嬉しそうにベッドに倒れこみ、ハッとしたように時計を見る。
午後3時。
マコ「やばい、あと2時間で来ちゃうじゃん」

〇同・前(夕方)
賢の車が止まる。

〇車・中(夕方)
マコ、助手席に乗り込む。
マコ「迎えに来てくれてありがとう」
賢「いや、誘ったの俺だし。あれ? 香水?」
マコ「あ、ごめん、苦手だった?」
賢「ううん。いいセンスの香水つけてる人は好き」
賢、窓を少し開ける。
マコ「あ、もしかしてこの匂いダメとか?」
賢「ううん。ど真ん中。窓開けてないと運転集中できそうもなかったから。ごめん」
賢、照れたように笑う。
マコ、賢に見られないように小さくガッツポーズをする。

〇レストラン・外観(夜)
海沿いのシーフードレストラン。
外には火が焚かれている。

〇同・店内(夜)
窓際の席にマコと賢が座っている。
テーブルにはキャンドル。
料理が運ばれてくる。
マコ「賢君の仕事ってたしか消防士だったよね? 消防車とか乗ってるの?」
賢「う~ん。今は消防航空隊っていうのに所属してて。車よりヘリ」
マコ「え? 消防士ってヘリにも乗るの?」
賢「あ~うん。ヘリから消火活動したり、海とか山で遭難した人を救助してる」
マコ「そうなの? すごい!」
賢「まあ普段は結構地味な仕事。基本訓練。ここでがんばっていつか県の消防航空隊に行きたいと思ってる」
マコ「そうなんだ。すごい。いつか行けるといいね」
賢「そうそう。マコちゃんは? いつからボディボード始めたの? 前に会った時、そんなイメージなかったけど」
マコ「あ、うん。つい最近始めたの」
賢「へ~、知らなかった。いいね」
マコ「あ、うん」
二人、照れて笑う。
賢「でもすごいね。初心者でいきなり道具買って始めたの?」
マコ「ううん。さすがにそれは。『リーフサーフ』ってお店でスクール入って、続けられそうって思ったから、そこで全部揃えたの」
賢「リーフサーフ? 知ってる、知ってる。俺のボードもあそこで買ったんだよ」
マコ「え? そうなの?」
賢「そうそう。薫さんの前の旦那さんっていうか、前のオーナー? すっごい、いい男で。その人に惚れて。今何してるんだろ。確かハワイにいるって聞いたけど」

〇ハワイ・サーフショップ・店内
色黒、グレーヘアの男がくしゃみをしている。
店員「大丈夫ですか? ヒロさん」
薫の元旦那・葉月ヒロ(50)である。
ヒロ「ああ、誰か噂してんな」
ヒロ、大きな声で笑う。
店員「風邪じゃないですよね? 移さないでくださいよ」
ヒロ「冷てえな~ 風邪だったら心配しろよ」
二人、笑う。

〇サーフショップ・リーフサーフ・店内(夜)
獅丸、壁にかかった写真をみている。
薫とヒロを含むサーファー仲間大人数で写っている写真。
獅丸「ヒロさん元気ですかね~」
薫「連絡ないから元気だろ」
獅丸「連絡してみようかな~」
薫「好きにしろ。わざと聞こえるように言うな」
獅丸「薫さんが恋しがってるって言っときましょうか?」
薫「は? 元旦那のことなんて忘れたね。『薫さんは新しい恋に向かって爆走中』とでも伝えとけ」
獅丸「ホントかわいいですよね~ 薫さんて。新しい彼氏なんて作るつもりないくせに」
薫「違うね。シシに言ってないだけで、彼氏候補なんて腐るほどいるんだから。むしろ渋滞中」
獅丸、笑っている。
薫「嘘だと思ってるだろ。サボってないで仕事しろ、仕事」
獅丸「は~い」
二人、笑顔。

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