【片恋パズル】7話2024年03月15日 22:00

〇庭
バーベキューの道具が置かれている、
新田と友人2人(拓真(35)と雄太(35))が肉や野菜を焼いている。

〇縁側
拓真の妻・しおり(31)と雄太の妻・紫(27)、子供の面倒を見ながら座っている。
一果、縁側に座って新田の腕をじっと見ている。

◯回想・車内(数時間前・朝)
運転席に新田が座っている。
一果、助手席に座っているが落ち着かない様子。
新田「大丈夫? シート?」
一果「はい。角度変えたいんですけど・・」
新田「左側の丸いやつ回してみて」
一果、回そうとするが回せない。
一果「すみません。よく分からなくて・・」
新田「起こす? 倒す?」
一果「少しだけ起こしたいです」
新田、シートベルトを外し、
新田「ちょっとごめんね」
新田、運転席から手を伸ばす。
一果、まくられた袖から見える新田の腕の筋肉を見て顔を赤くする。
新田、一果のシート横のダイヤルを回す。
一果、新田の体に当たらないようによけているが、新田の耳をじっと見ている。

◯回想・食品工場・食堂(前日)
T「バーベキュー前日」
美保と真理子、一果と双葉で昼食を食べている。
美保「大事なこと忘れてた! 一果ちゃん、匂いよ、匂いチェック! 超大事だから」
真理子「あ〜、そうそう。大事!」
一果「匂いチェック?」
美保「体臭ね」
一果「体臭って・・」
美保「体臭って言ってもね、臭いか臭くないかじゃないよ。もちろん、臭い人は論外なんだけど、臭くなくても体臭に違和感を感じちゃう人はやめたほうがいいわ」
一果「え? なんでですか?」
美保「人間ていっても動物じゃない? 体臭には、交尾相手を見極めるための機能もあるらしいの」
真理子「だから、体臭に違和感を感じたら、やめたほうがいいわ。もしかしたらその人は・・」
美保と真理子「一果ちゃんの異母兄弟かも!」
一果「それ、ドラマかなんかの見過ぎですよね?」
美保「まあそれは冗談だけど、体臭にそういう働きがあることは本当だと思うわ。私の過去にもそんな男がいたわ・・ああ、マキタくん・・」
真理子「ああ、あの彼? ホテルまで行った?」
美保「そう。あのマキタくん。ホテルまで行ったのに結局交われなかったのよ。顔も体も性格も完璧だったのに、体臭が・・」
真理子「だから、一果ちゃんも付き合う前に体臭チェックしたほうがいいわ」
美保「そうそう、出来れば耳の後ろね。ここから出てるらしいから。わかる? ここよ、ここ」
美保、自分の耳の後ろを一果と双葉に見せている。

◯回想・車内(数時間前・朝)
一果、新田の耳の後ろの匂いを嗅ぐ。
シートが動き、一果、新田の首筋にキスしてしまう。
新田「え? あ! ごめん」
新田、首筋を触る。
一果「あ、ごめんなさい」
新田「いや、僕も急に動かしたから。これくらいでいい?」
一果「あ、はい。大丈夫です」
新田「ちょっと固いからね。また角度直すようだったら、言って」
一果「あ、はい。ありがとうございます・・」
二人、顔が赤い。

〇庭
新田、友人たちと楽しそうに肉や野菜を焼いている。

◯縁側
一果、新田の腕を見ている。
一果М「私服姿の職長、初めて見たかも・・匂いチェック、多分大丈夫。でもそれより腕・・」
X X X
(フラッシュ)
車内。
車のシートの角度を直そうと近づく新田。
まくられた袖から見える腕の筋肉。
X X X
一果М「あの腕にギュッとされたら・・」
一果、首を横に振る。
一果М「ダメダメ! 私。彼氏いるのに!」
しおり「大丈夫?」
一果、慌てて
一果「あ、はい、すみません・・あ、私手伝ってきます」
紫、一果の腕を取る。
紫「ダメ。今日の私達はおもてなしされる側。だから何もしないの」
一果「でも・・」
しおり「ダ〜メ。見てるのも仕事」
一果、諦めたように座る。
しおり「ねえ、誠君とは付き合ってるの? バーベキューに女の子連れてきたの、初めてだから」
一果「いえいえ、職長と付き合うなんてとんでもないです。え? 職長からは『女性を1人連れてくるルール』だって聞いてますけど」
しおりと紫、顔を見合わせる。
紫「そ~だった。ごめんごめん。前回新ルール作ったんだった!」
しおり「そうそう! 忘れてた!」
一果「それに私、彼氏いるんで・・」
しおり「そうよね~ こんなにかわいいんだもん。彼氏の一人や二人いるわよね。35歳じゃもうオジサンでしょ? そういう対象じゃないよね」
一果「いえ、そんなことは・・」
しおり「あ、ところで会社の誠くんはどんな感じ? ちゃんと仕事してる?」
一果「あ、はい。職長にはいつも助けていただいてます」
しおり「でも不器用だしとにかく真面目!」
一果「あ、いえ、そんなことは・・」
新田「ちょっと〜 僕の悪口言うのやめてください。聞こえてますよ~」
新田、遠くから叫ぶ。
しおり、紫、一果笑う。
紫「相原さんは、どうして今の会社に?」
一果「あ~・・私の友達、お母さん亡くしたんです。そのショックで話せなくなっちゃって。それで、今の会社だったらそんなに話さなくても仕事できるかな? って思って」
紫「それで一緒に? すごい・・友だち想いなんだね」
X X X
(フラッシュ)
鮎沢の部屋。
鮎沢「双葉ちゃんには、自分がいないとダメって勝手に決めつけてる」
X X X
一果「違う!」
紫「え? どうしちゃった?」
一果「あ・・ごめんなさい。全然そんなんじゃなくって。私も一回くらい実家出てみたいな~って。今の会社、社宅制度あるんで」
紫「そっかそっか。実家は楽だけどね~ でも大変じゃない? 家事とか」
一果「いえ、楽しいです。あ、お二人はどうやって(男性の方を見る)あの、出会ったんですか?」
紫「あ、旦那と?」
紫、しおりの顔を見る。
しおり「すごかったのよ~ 雄太君の一目ぼれ。一歩間違えばストーカー。ね?」
紫「そうそう。私、車のディーラーで受付してたの。旦那は客だったんだけど、初対面で『好きです』って言われてね」
一果「初対面で? すごい! いいな~ しおりさんは?」
しおり「え? 私? 私は普通に社内恋愛かな」
一果「どっちから告白したんですか?」
しおりと紫、顔を見合わせる。
しおり「告白・・なんてないかも。大人になってからだと、そういうのなくなっていくのよ。あ、紫みたいなのは珍しい」
一果「そういうものなんですね・・」
しおり「だってお互い傷つきたくないじゃない。告白だとその時決めないといけないし、する方もされる方も負担が大きいのよ。告白しなければ、少しずつ相手の反応を見ながら、距離を調整できるし。ズルいと言えばズルいのかもしれないけどね」
一果「なるほど・・」
しおり「同じ会社だと、仕事の話とかするでしょ? そのうちに、感じがいいな、っていう人には仕事以外の話もするようになって、もっと知りたいな、って思うようになったら、相手に付き合っている人がいるか確認する。いなければ一緒にご飯食べに行ったりして、旅行行くようになって、ってなったら、付き合ってることになってる」
一果「おぉ~・・自然! え? それで結婚まで?」
しおり「結婚となるとさすがに区切りは必要だけど、それでも、私の場合はその延長かな。お互いの部屋を行き来するうちに、泊まるようになって、一緒に暮らすようになって、このまま一緒にいるんだったら籍入れる? みたいな流れで・・」
一果「すご~い!!」
しおりと紫、顔を見合わせて笑う。
紫「そんな反応されると私たちまで嬉しくなっちゃう。え? でも相原さん、彼氏いるんでしょ?」
一果「はい。でも告白も私からだし、デートもいつも私から。メッセージも向こうから全然来なくて・・なんか付き合うってよくわかんなくなっちゃって・・もっと楽しいと思ってました。あ、ごめんなさい。愚痴・・」
紫「いいのいいの、そういう愚痴から自分の気持ちに気付くことだってあるんだから。吐き出さないと」
一果「よかった。なんかしおりさんと紫さんに話せて良かったです」
紫「私たちも嬉しい。こんなピュアな時代あったな~って思っちゃって」
一果「そういえばみなさんすごく仲いいんですね。よく集まってるんですか?」
紫「うん。月1くらいかな? 男連中は幼稚園からの幼馴染で。驚くわよね~ ずっと仲がいいの」
しおり「中でも誠君は一番いい人で、頼りになるんだけど・・」
しおりと紫「とにかく真面目なの」
しおりと紫、笑う。
しおり「この子が生まれる時も、旦那が飲みに行っちゃって。居酒屋で寝てたらしいの。電話したら誠君、代わりに出てくれて、病院まで送ってくれて、酔っぱらってる旦那に説教! 『予定日近いんだったら誘われても飲みに来るなよ』って。その後病院のスタッフに誠君、『うるさい』って怒られちゃってさ」
紫「そうそう! それにこのバーベキューも誠君の発案よ。『作る側の立場にならないとわからないこともあるから』って。でも最初はさ、焦げるわ、生だわ、ボヤ騒ぎ起こすわ、でいい迷惑だったんだけど、でも最近はこだわりだしてね。なかなかおいしいのよ、これが」
拓真、肉と野菜の乗った皿を持ってくる。
拓真「お待たせ。相原さんだっけ? 楽しんでってね」
一果「ありがとうございます」
しおり「ほら、食べてみて。あ――」
拓真「肉は味がついてるんで、まずはそのまま」
しおり「今言おうと思ったのに」
一果、一口食べる。
一果「あ・・ホントだ。美味しいです。お肉柔らか!」
拓真「3人でハーブと塩の配合研究したんだ。悪くないでしょ?」
一果「はい! なんかそういうの楽しいですね」
拓真「よかったらまたおいで。今燻製もやってみようかって話してるとこ」
一果「え? 燻製? (早口で)私一度、ベーコン作ってみたかったんです。チップも色々あるし、自分で作るんだったら試しながら作れますよね! でも燻製って道具揃えるの、なかなかハードル高くて・・(視線に気づく)あ・・すみません」
全員、驚いた顔で一果を見つめている。
拓真「いや、全然歓迎。逆に僕達より詳しそう・・じゃない? な、誠」
新田「相原さんは趣味が料理ですしね」
一果「え?」
新田「あ・・すみません。面接の時・・」
一果「あ~・・」

〇回想・食品工場・会議室(2年半前)
入社試験面接会場。
新田(32)を含む社員数人と向かい合うように一果(17)と双葉(17)が座っている。
新田「相原さんは趣味が料理なんですね」
一果「はい。今洋食レストランで少しだけバイトさせてもらってるんですが、とにかくそこのデミグラスソースが美味しくて。(早口になる)うまく言えないんですが、酸味と甘味のバランス、そこに雑味も少し加わって、その配合が抜群で! いつか再現してみたいって思っているんです。御社のマドレーヌも、袋を開けた瞬間のバターの香りが最高で。ああ、ずっとこの香りに包まれていたいって思いました」
うっとりした表情の一果。
社員、笑う。

〇縁側
新田「あの時はいきなり相原さんが早口で話し出すんで驚きました」
一果「ハハ、お恥ずかしいです。つい、スイッチが入っちゃって・・」
一果の電話が鳴る。
一果「あ、電話・・」
一果、着信相手を見つめている。
しおり「彼氏? 出たら?」
一果「あ・・彼氏ではないんですが・・ちょっとすみません」
一果、庭の隅に行く。

〇庭
一果、電話に出る。
一果「もしもし?」
鵜月原「あ、ごめんね。一果ちゃん。今どこ?」
一果「あ・・ちょっと会社の人とバーベキューしてまして・・」
鵜月原「そっか。ならいいや。ごめんね」
一果「どうかしました?」
鵜月原「あ、いや、大丈夫。バーベキュー楽しんで」
電話が切れる。

〇縁側
一果、首を傾げながら歩いてくる。
しおり「大丈夫?」
一果「あ、はい。バーベキューしてるって言ったら、大丈夫って言われて切られました。だから大丈夫です。すみません」
全員、ほっとしたような表情。

〇マンション・502号室・双葉の部屋
双葉、メイクの動画を見ているが、動画が終わる。
画面をスクロールしてなんとなく他の動画を探しているが、間違えてネイル動画をタップしてしまう。
スマホに流れるネイル動画。
つい見始める双葉。

〇回想・100円ショップ・店内(4年前)
T「4年前」
棚に並んでいるネイルグッズ。
双葉、手に取り見ている。
双葉の母、買い物かごを持っている。
かごには雑貨がいくつか入っている。
双葉、かごにネイルグッズをいくつか入れる。
双葉の母「またこんなの買って」
双葉「いいじゃん。かわいいんだもん」
双葉の母「しょうがないわね。またお母さんにもやってよ」
双葉「もちろん!」

〇回想・石川家・リビング(4年前)
双葉、ソファに座っている母の隣に座る。
双葉「お母さん、手貸して」
双葉の母「え? 今?」
双葉「うん。見て。昨日作ったの」
双葉、ネイルチップを広げる。
双葉の母「え~ かわいい、双葉は本当に器用だね」
双葉「今日はお店もお休みでしょ? 私とお揃い~」
双葉、母親に自分のネイルを見せる。
二人、笑う。

〇マンション・502号室・双葉の部屋
動画が停止され、着信音が鳴っている。
着信相手は鵜月原。
双葉、驚き、しばらく画面を見つめているが、覚悟を決めたように電話に出る。
鵜月原の声「ごめん、双葉ちゃん電話しちゃって。ちょっと急ぎの用事があって。もしこのまま話してもよければ1回、ダメなら2回叩いてもらえる?」
双葉、マイク付近を1回叩く。
鵜月原の声「良かった~ ありがとう。ごめんね。これから飛行機に乗るとこだから、時間なくて。実は、シンが風邪引いてるみたいでさ、様子見に行ってほしいんだけど、双葉ちゃん、行ける?」
双葉、マイク付近を1回叩く。
鵜月原の声「あ~ ホント助かる。さっき一果ちゃんに電話したんだけど、今会社の人とバーベキューしてるって言われちゃって。悪いんだけどさ、ゼリーとかおかゆとか楽に食べれるものと、水と、風邪薬と、それから、熱冷まし用の冷却シート買って持ってってくれる? あ、あと、のど飴も!」
グランドスタッフの声「鵜月原様、申し訳ございませんが、そろそろ・・」
鵜月原の声「あ、すみません。今行きます。あ、双葉ちゃん、ごめんね、お金、後で渡すからさ。よろしく」
電話が切れる。
双葉、しばらくスマホを見つめた後、吹き出して笑う。

〇同・501号室・鮎沢の部屋
ノックの音。
双葉、買い物袋を手に入ってくる。
鮎沢、ベッドで寝ている。
双葉、鮎沢の額に手を置き、自分の額にも手を当てる。
双葉、首を傾げる。
鮎沢、目を覚ます。
鮎沢「え? 双葉ちゃん?」
鮎沢、起き上がる。
双葉、スマホを操作し画面を見せる。
双葉の画面『ウッキーさんから頼まれました』
双葉、買い物袋の中身を見せる。
大量のゼリーや水、風邪薬などが入っている。
鮎沢、笑う。
鮎沢「大げさだな~ 確かに今風邪気味でさ、喉ちょっと痛いんだわ。あ、聞いた? ウッキー今水琴と旅行に行ってて。今日帰ってくるんだけど、さっき電話があって『お土産何がいい?』って。だから『お土産っつうか、帰りにちょっとゼリーとかアイスとか、あとのど飴も』って頼んだわけよ。まさかこんなことになるとは」
2人、笑う。
鮎沢、双葉の笑顔を見つめる。
双葉「?」
鮎沢「双葉ちゃん、俺、やっぱり双葉ちゃんに会ってた。3年前。火葬場で。ばあちゃんが亡くなって、順番待ってたんだわ。そしたら泣いている子がいて・・双葉ちゃんだった」
双葉「・・」
鮎沢「本当は声、出るんでしょ。でも、双葉ちゃんがお母さんのことで責任を感じて、話さなくなったって知った。双葉ちゃんのお父さんとも話した。おじさん、言霊って双葉ちゃんに言ったこと、覚えてなかった。お母さんのことも、双葉ちゃんのせいだなんて思ってなかったよ」
双葉、スマホを操作し画面を見せる。
双葉の画面『それでも、あのせいでお母さんが死んじゃったなら、私のせい。話そうとしてもあのことを思い出して、怖くて話せない』
鮎沢「そっか・・言霊ってさ。俺にはよくわからないけど、確かにあるのかもしれない。俺だって前に言われたことがずっと(自分の胸に手を当てる)ここに残ってる。言葉が人に影響与えるっていうのは分かる」
双葉、鮎沢の顔を見つめている。
鮎沢、立ち上がり、双葉をベッドに座らせる。
鮎沢「座って」
鮎沢、椅子を持ってきて双葉の前に置き、座る。
双葉の手を取り、目を見つめる。
鮎沢「俺の名前って『シン』ていうんだけど、カタカナなの。親に聞いたら決めきれなかったって」
双葉「?」
鮎沢「ほら、シンて漢字、信じるの信とか新しいの新とか進むの進とか、色々良い文字がありすぎたからって」
X X X
鮎沢の母「だからシン、あなたは自分の好きな時に好きな漢字を自分の名前だと思えばいいのよ」
X X X
鮎沢「・・って。いい話だろ?」
双葉、頷く。
鮎沢「だから、そういう『いい』言霊もあると思うんだ。双葉ちゃんにもそういう言葉、あるんじゃないかな?」
X X X
(フラッシュ)
石川家リビング。
双葉(17)、母親(43)の手をマッサージしている。
双葉の母「双葉は器用ね。それに双葉の手、触られるとなんか落ち着くのよ。双葉はきっと素敵なネイリストになる」
X X X
双葉、涙目で頷く。
鮎沢「双葉ちゃんはさ、これからそういう『いい』言霊をいっぱい世の中に出していけばいいんじゃないかな。まずは・・どう? 俺の名前からっていうのは? 二文字だけだし、絶対何も起きないよ。双葉ちゃんの好きな漢字で呼んでみて。さ」
鮎沢、双葉に微笑む。
双葉、困ったような顔をしている。
鮎沢「だよね。そううまくはいかないか~」
鮎沢、立ち上がり伸びをする。
鮎沢「ごめんね、双葉ちゃん。俺の言ったこと、気にしないでいいからさ。あ、それ。たくさん買ってきてくれてありがとう」
鮎沢、部屋のドアに手をかける。
双葉「・・シン・・」
鮎沢の動きが止まる。
鮎沢「え?」
鮎沢、双葉の方へ振り向く。
鮎沢「今、もしかして呼んだ?」
鮎沢、双葉の手を取る。
鮎沢「もう一回! もう一回だけ、呼んでみてくれない?」
双葉「(笑顔で)シン」
鮎沢、ドキッとして、固まり、双葉の顔を見つめている。
双葉「シン?」
思わず双葉を抱きしめる鮎沢。
鮎沢「すっげ~嬉しい・・」
鮎沢、笑顔のまま双葉の顔を見つめるが、次第に視線が交差する。
鮎沢、吸い寄せられるように双葉の顔に自分の顔を近づける。
双葉、目を閉じる。
着信音。
二人、ハッとして離れる。
双葉のスマホにメッセージ。
鵜月原のメッセージ『どう? シン、大丈夫だった?』
双葉、返信している。
双葉のメッセージ『全然元気。心配しすぎです』
オロオロしている鳥の絵のスタンプ。
双葉、笑いながら鮎沢に画面を見せる。
鮎沢、戸惑った様子で双葉を見ている。
鮎沢「・・ごめん、双葉ちゃん」
双葉、スマホを操作し画面を見せる。
双葉の画面『二人ともちょっとテンション上がりすぎちゃったね』
双葉、鮎沢に微笑む。
双葉、出て行く。

◯同・同・廊下〜玄関
双葉、歩いている。
鮎沢、追ってくる。
鮎沢「双葉ちゃん!」
双葉、立ち止まり振り返る。
鮎沢「あの・・ありがとう」
双葉、考えながら唇を動かした後
双葉「ありがとう。また」
笑顔で手を振る。
双葉、出て行く。
鮎沢、双葉の姿が見えなくなってから、壁にもたれるようにして座り込む。
鮎沢「何やってんだ・・俺」

◯車内(夕方)
新田が運転している。
助手席には一果が座っている。
新田「今日は付き合ってくれて、ありがとうございました。相原さんのおかげでなんとかルール守れました」
一果「いえ、私も楽しかったです。なかなか会社以外の人と話す機会なんてないし、美保さんたちが言うように、結婚後のイメージ大事だなって思いました」
新田「それなら良かった。あ、それから、この前はすみません。僕、出会い系アプリ否定するようなこと言いましたけど、そういう出会い方もあると思います。僕の考え方を押し付けるの、良くないなぁってあれから反省しました」
一果М「反省? なるほどこれが真面目・・」
一果「あ、あれは美保さんたちが勝手に言ってただけで・・それに私、やっぱり・・」
新田「やっぱり?」
一果「いえ、何でもないです。これからも仕事頑張らなきゃなぁって」
新田「相原さんは、充分頑張ってると思います。むしろ僕としては頑張りすぎないように頑張ってほしいと思ってるくらいで」
一果、首を横に振る。
一果「全然ダメです。仕事もですけど、恋愛の方も。彼氏いるって言いましたけど、向こうから全然誘ってくれなくて。双葉の・・あ、石川さんのことだって、私一生懸命考えて行動してたつもりだけど、本当は余計なことだったのかなぁとか思ったりして。なんか一人で空回りしてるだけかも」
X X X
(フラッシュ)
洋食石川。
吾郎「双葉のことはほっておいていいから、君は君の人生を生きて欲しい」
X X X
(フラッシュ)
鮎沢の部屋。
鮎沢「双葉ちゃんには自分がいないとダメって勝手に決めつけてる。自分の夢を諦めた代償を双葉ちゃんで埋めてる。本当は話さない双葉ちゃんに安心してる」
X X X
一果「彼氏にね、言われたんです。『本当は話さない双葉に安心してる』って。それ言われた時、すごく頭に来ちゃって・・でも、そうなのかもしれない。双葉が話すようになって、みんなと仲良くなったら、って想像したら、寂しいって感じる自分がいたんです。双葉のために、って思ってやっていたことが、本当は自分がただ安心するためにやっただけだったのかも、って思えて来ちゃって」
新田「相原さんは自分に厳しすぎです。そんなに完璧な人なんていません。石川さんのことだって、相原さんだけが決めたことではないでしょう。石川さんだって選ぶことができたはずだし、履歴書を書いたのも、面接会場に来たのも、石川さんです。石川さんが話せなくても、会社に馴染めているのは、相原さんが頑張ってるからですよ。僕はそう思います」
一果、外の景色を見るフリをして、涙を拭く。
新田、横目でその様子を見る。
新田「相原さんが、石川さんのことに全部責任を感じるのはおかしいです。まあ、そうは言いながら僕も相原さんに甘えてしまっているのは事実ですけど。でももしなにかあったら、会社としても考えないといけないことなんで、ちゃんと僕に相談してください。これでも一応相原さんの上司なんで」
一果「ありがとうございます。・・そう言えば職長って彼女とかいないんですか?」
新田「彼女がいたら、相原さんを今日お誘いしてません」
一果「そうなんですね・・モテるのに」
新田「モテる? 僕が?」
一果「はい。会社の人から人気ですよ」
新田「あ〜、あれはただからかわれてるだけ。モテるのとは違います」
一果「彼女、作らないんですか?」
新田「うわ、それ僕が聞いたらセクハラになる質問」
一果「あ、ごめんなさい」
新田「イヤ、大丈夫。彼女か・・高校の時からずっと付き合ってた女性がいたんですけど。その人と別れてからはなんとなく誰とも付き合うきっかけがなくて。ほら、会社と家の往復だと、出会いなんてゼロでしょ? 僕もアプリとか始めてみようかな」
一果「あの・・なんで別れちゃったんですか?」
新田「相原さん、ぐいぐい来ますね~ まあでもタイミング、でしょうか?」
一果「タイミング?」
新田「ええ。彼女が結婚したいタイミングと僕が結婚したいタイミングが合わなかったんだと思います。彼女から『結婚』の言葉が出るたび、僕は話を逸らしてました」
一果「うわ、最低」
新田「はい、最低ですよね。でも今は彼女の気持ちも分かるんです。ただ、当時は結婚がしたいだけなんじゃないかって思ってしまってまして。調子に乗ってたんです。結婚なんてしなくても、僕と一緒にいたいと思っていてほしかったんです」
一果「・・」
新田「年は相原さんより上でも、精神年齢は全然相原さんのほうが上だと思います。だからおばちゃん達にも未だにからかわれてます」
二人、笑う。
一果「あの、職長。お願いがあるんですけど」
新田「お願い? 何?」
一果「もう一回シートの角度変えてもらっていいですか?」
新田「え? あ、はい。すみません、気付かなくて。ちょっと待ってください。今止めるので」
新田、車を路肩に止め、シートベルトを外す。
新田「え~と、どっち?」
新田、運転席側から手を伸ばそうとするが、思い留まる。
X X X
(フラッシュ)
シートが動いたタイミングで、一果、新田の首筋にキスしてしまう。
X X X
新田、顔を赤くしながら、首筋を触る。
新田、車から降りて助手席側に回り、ドアを開け一果のシート横のダイヤルを触る。
新田「ごめんね。今朝みたいなことがあるといけないから。えっと、どっちだっけ?」
一果「あ、少し倒す方で・・お願いします」
新田「分かった。倒す方ね」
新田、ダイヤルを回し始める。
一果、新田の耳の後ろの匂いを嗅ぐ。
新田「どうですか? もう少し倒し・・」
一果、新田の腕に触れる。
一果「職長」
新田「え? 相原さ――」
新田、一果の顔を見るが、その瞬間一果が新田の顔に手を添えキスをする。
一果、唇を離すが新田の顔に手を添えたまま、照れた笑顔で見つめる。
新田、驚いた顔で一果を見つめるが、シートの角度をさらに倒し、何かが弾けたように一果にキスをする。

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