【鬼頭心理研究所】9話2024年01月09日 08:00

〇涸沢のアジト・外観
高級住宅街の端にある邸宅。
外側は塀で囲まれており、立派な門扉がある。

〇同・室内
ホテルのクラブラウンジのよう。
落ち着いた色合いで、形や色違いのソファが置かれ、テーブルも見える。
その一角で涸沢が電話をしている。
涸沢の周りにはメンバー数人が立っている。
涸沢「(低い声で)あかねも連れて来い。必ず」
涸沢、電話を切りテーブルの上に投げる。
涸沢「どうやって死んだ女を連れてくるつもりだろうな」
涸沢が笑うと、他のメンバーも笑う。

〇タイトル

〇タクシー・車内
蝶子とさゆり、後部座席に座っている。
蝶子は手元のタブレットで繍のGPSを追っている。
タクシー運転手に時々指示を出している。

〇涸沢のアジト・門扉
繍、インターホンを鳴らす。
防犯カメラが作動する。
門扉が開く。
繍、車に乗り入っていく。

〇同・室内
メンバーに連れられて、繍が入ってくる。
繍の手は後ろ手に縛られている。
涸沢、ソファに座ったまま手を上げる。
繍、涸沢の前に立つ。
涸沢「初めまして。繍君。あれ? あかねちゃんは?」
繍「・・死んだよ。お前のせいでな。クスリ漬けにしただろ」
涸沢「してないよ。僕はちゃんと飲みすぎに注意してねって言ったし。自己責任なんじゃない? そういうの」
繍「でもクスリ渡してたのはお前だろ」
涸沢「なんかあかねちゃん辛そうだったんだよね。僕、そういう可哀そうな人見過ごせないからさ。楽にしてあげたいっていう優しさだよ。僕のせいにしてもいいけどさ、そもそもは繍くんがそんな体質だったからじゃん。責任転嫁するのやめてよね」
繍「辛そうだったのは、お前が母さんに犯罪行為をさせてたからだ。母さんはやめたがっていた。けど、俺や、親父を脅しに使ってただろ」
繍、拳を握り、体を震わせる。
涸沢、笑顔で手を叩く。
涸沢「すごいね、繍君。さすが! よくあかねちゃんのスマホからそこまで調べたね。ねえ、僕と一緒に働かない? 今の仕事の数倍は稼げるよ」
繍「ふざけんな! 誰がお前となんか」
涸沢「ふうん、いい話だと思うけどな」
涸沢が鼻で笑う。
涸沢「っていうか、断る選択肢なんて君にはないんだよ。ここに来た時点で、君はここで働くか、死ぬかの2択しかないんだから」
繍「・・やっぱりそうか」
繍も笑う。
繍「分かった。俺も死ぬのは嫌だ。じゃあ、ここで働く代わりに条件がある」
涸沢「え? なになに、面白そう。教えてよ」
繍「俺の周りの人たちをもう巻き込むな。それから・・母さんの、情報を全て消してほしい」
涸沢、舌打ちする。
涸沢「ガッカリだよ。繍君とは母親ガチャ失敗した者同士、仲良くなれると思ったのにな~ いい? 君はあかねちゃんを何か勘違いしてる。現実を見ろよ。君、殺されかけてんだろ。なんでかばうんだ? 憎めよ。君に殺されても許される行動をあの女はしたんだ」
繍「お願いだ・・」
繍、涸沢に頭を下げる。
涸沢「分かった。ただし1つ消すごとに君を殴らせてもらう。ああいう女をかばうことがどれだけ愚かなことか教えてあげる」

〇回想・正の車・車内(数日前)
正、繍と電話で話している。
正「涸沢は、もともと真面目な子だった。両親は二人とも高学歴で、教育熱心だった。テストの結果が良くないと、涸沢は母親から体罰を受けていたようだ。そういう時は家に帰りづらくて時々近所のおばあさんの家で遊んでいたそうだ」

〇回想・富田家離れ・外(20年前・夕方)
涸沢実家近くの家。
日本家屋。

〇回想・同・和室(20年前・夕方)
涸沢(10)が富田千代(とみたちよ・70)に頭を撫でられてる。
千代「すごいね、がんばったね」
涸沢「でも・・100点じゃない」
千代「90点は立派だよ。それに、間違えることは悪いことじゃない。間違えた方が覚えるんだ。悔しかっただろ。そうやって繰り返して賢くなるのさ」
千代が笑顔を見せる。
千代「じゃ、おやつにしよう」
涸沢、笑顔で頷く。

〇回想・涸沢家・ダイニング(15年前・夜)
涸沢、座っている。
母親が隣に立っている。
机の上には90点のテストが置かれている。
母「どういうこと? こんな簡単なところで間違えて。あなたはお父さんとお母さんの子供なんだから、100点取れて当たり前なのよ。今日は罰として夕食抜きね。さ、立ちなさい」
涸沢、壁に手をついて立つ。
母、定規で涸沢のお尻を何度も叩く。

〇回想・富田家・中(15年前・夕方)
涸沢(15)がと千代(75)、テレビで時代劇を見ている。
涸沢は時々手元の漫画を読んでいる。
千代「優君、シュークリーム食べる?」
涸沢「うん、食べる」
千代、シュークリームを持ってくる。
涸沢、千代から受け取り食べ始める。
ほほ笑みながら見つめる千代。
千代もシュークリームを手に取るが、食べずにテレビを見る。
千代が目をつぶる。
X X X
涸沢「おばあちゃん、お茶ちょうだい」
千代の返事がない。
涸沢、千代の様子を見る。
涸沢「なんだ、寝ちゃったのか」
涸沢、千代に毛布をかけようとする。
千代が手に持ったままのシュークリームが転がって落ちる。
涸沢「食べないなら置いとけばいいのに」
感じる違和感。
呼吸を確認し、青ざめる。
涸沢「死んでる?」
正の声「ただ、涸沢の唯一の心の拠り所だった近所のおばあさんは、涸沢がそうやって来ていた時に亡くなったそうだ」

〇回想・涸沢家・ダイニング(15年前・夜)
涸沢、両親と3人で食卓を囲んでいる。
涸沢は元気がない。
母「あんなとこでサボってただなんて、信じられない。そんな時間があったら勉強しなさい」
父「そうだ。社会には勝ち組と負け組がいる。負け組になるな。一生搾取され続けるぞ」
涸沢「・・はい」
母「大体あの人もあの人よ。他人の子を家に上げて何を企んでたんだか」
涸沢、うつ向いて唇を噛んでいるが、顔を上げて母を睨み。テーブルを叩く。

〇回想・同・リビング(15年前・夜)
母、ソファに座り洗濯物をたたんでいる。
顔にはひどい傷。
正の声「それから涸沢の反抗が始まり、母親を言いなりにした。ひどい拷問の跡があったらしい。涸沢はその後少年院に入ったが、出所後は親からの受け入れを拒否されたそうだ」

〇涸沢のアジト・中
涸沢、手袋をする。
涸沢「後悔させてあげる」
モニター画面にあかねの写真が映る。
涸沢、繍を殴る。
モニターに「消去完了」と表示される。
正の声「特に母親と同年代の女性への恨みがすごい。あかねも母親と重ねたんだろう。自分に服従していく様子を見て勝ち誇った気になっていたんだと思う」
モニター画面にアプリの履歴が映る。
涸沢「これはおまけで1日分ずつにしてあげるね」
涸沢、繍を殴る。
1日分のメッセージが消える。
涸沢「まだまだあるよ~がんばって」
涸沢、繍を殴り続けている。
次第に繍の意識が遠のいていく。
繍の声「父親は?」
正の声「簡単に見捨てたそうだ。母親の育て方が悪いせいだと。金は出すから2人で暮らせと」
涸沢、繍を殴り続けている。
繍、意識を失い、倒れる。
メンバーが繍を起こし、支える。
涸沢、メンバーからコップに入った水を受け取り、繍の顔にかける。
繍の意識が戻る。
涸沢、繍の目を見る。
涸沢「どう? 痛いよね・・あかねちゃん憎いでしょ? 一緒に世の中のダメな母親に制裁しよう」
繍が首を横に振る。
涸沢、苛立ちコップを投げる。
正の声「あかねもあかねで涸沢を通じて繍に罪滅ぼしをしている気になっていたのかもしれない。今となっては本当のことは分からないが・・」
涸沢「繍君、健気だよね。こんなクソみたいな女のために体張っちゃってさ。死んだ後も繍君に痛みを与えるなんて最低だよね」
繍「すり替えるな。お前がやってることだろう。もういい加減自分を許せ。他人を痛めつけても、何も変わらない」
涸沢「分かったような口を聞くな」
繍「いいか、お前の母親は、もうお前を苦しめていない。もういないんだ。自分で作り上げた意地悪な母親に支配されるな」
涸沢「お説教? そういうの全然響かないんだけど」
繍「だろうな。それでも、俺はお前を救いたいと思ってる。まずは自分を可哀そうだったと認めろ。子供の頃、本当は親にどうしてもらいたかったのか、どうして悲しかったのか、心の中にいる親に話せ」

〇白い部屋(涸沢の想像)
千代、涸沢に笑顔で話しかける。
千代「すごいね、がんばったね」
千代、頭をなでる。
千代の姿が母親に変わる。
母「すごいね、がんばったね」
母、笑顔で涸沢の頭をなでる。

〇涸沢のアジト・中
涸沢「やめろ・・僕を乱すな・・やめろよ。そんなこと言われたことない。そんな親じゃなかった・・そんな親が良かった。でも・・違った」
X X X
(フラッシュ)
母親の怯える顔
X X X
繍「涸沢・・お前が憎んでいる限り、お前は苦しみ続ける。今のお前を苦しめてるのはお前自身だ。自分の中にいる母親の記憶を上書きしろよ。お前がしてほしかったことを伝え、自分の中の母親に謝ってもらえ。そして許せ」

〇白い部屋(涸沢の想像)
涸沢、母と向かい合って立っている。
涸沢「僕はずっと苦しかった。テストの点が悪いだけで、ご飯ももらえなかった。叩かれた。でもそのことが辛かったんじゃない。お母さんに見捨てられるのが怖かった。嫌われるのが怖かった。愛されてないと認めることが辛かった。富田のおばあちゃんみたいに、どんな僕でも受け止めてほしかった」
母「ごめん。優。本当にごめん。あなたを愛してた。憎んでいたのはお母さん自身。お母さんの子供の頃をあなたに重ねてた。同じようにされてたの。同じようにされて、私も必死で勉強した。立派な人になってほしかった。社会で見下されている人にはなってほしくなかった。今辛くてもいつか分かってもらえると思ってた。本当にごめんなさい・・」

〇涸沢のアジト・中
涸沢の動きが止まっている。
繍「涸沢、人は自分の都合のいいように記憶を作り出せる。汚い思い出や作った記憶に支配されるな。過去の嫌な記憶だけを繰り返すな。抗え。優しい記憶を思い出せ。繰り返すなら優しい記憶にしろ」
X X X
(フラッシュ)
涸沢、両親と一緒にピクニック。
芝生の上でレジャーシートを広げ、サンドイッチを食べている。
両親、涸沢に笑顔を向ける。
3人、笑っている。
X X X
涸沢「あ・・」
涸沢の目から一筋の涙がこぼれる。
いつの間にか他のメンバーも泣いている。
メンバー「優さん、もうやめませんか?」
涸沢、頭を振り、メンバーを殴る。
涸沢の顔が元に戻る。
涸沢「こいつにもうしゃべらせるな」
メンバー、繍に猿轡をする。
涸沢「繍君、作った記憶なんかじゃない。これは現実だよ」
モニターにあかねの動画が映る。
場所はこのアジト。
あかねが売春行為をしている様子である。
繍、目を背ける。
涸沢、繍の髪を掴み、顔をモニターに向けさせる。
涸沢「ほら、よく見て繍君。これ、あかねちゃんだよ。こんなことまでして『おクスリほしい』ってねだったんだよ。浅ましいよね」
繍、涸沢を睨む。
涸沢「繍君。立場をわきまえなよ。この動画どうしよっかな」
繍がくやしそうに体を震わせながら頭を下げる。
涸沢がニヤリとする。
涸沢「動画だから・・どうしよっかな・・5発ね」
涸沢、繍を殴る。
繍、意識を失い倒れる。
モニターに「消去完了」と表示される。
メンバーが操作するが、モニターには「該当データなし」と表示される。
繍、倒れたまま動かない。
メンバー「優さん、こいつ、どうします?」
涸沢、繍を一瞥する。
涸沢「・・プールに入れたら目、覚ますかな?」
メンバー、頷いて数人がかりでプールに運んでいく。
さゆり「やめて~」
さゆりと蝶子、入ってくる。
繍がプールに投げ込まれる。
涸沢「君たち、どこから?」
蝶子が倒したメンバーがあちこちに倒れている。
涸沢「あ~あ、結構強い子集めてるのにな。困るんだけど」
蝶子、プールに向かって走り、繍を水から上げる。
さゆり、涸沢を睨みつける。
さゆり「もうこんなことやめて」
涸沢「え? なになに? すごいね。僕ちょっと今感動しちゃった。繍君の彼女? 助けに来たの? 僕、君にお仕置きされちゃう?」
さゆり「あなたの中の鬼を退治する」
さゆり、鬼刀を持って構える。
涸沢「ちょっと何言ってるかよくわかんないけど、かわいい、赤くなっちゃって」
涸沢、プールバーの方に走っていく。
涸沢「ほら、こっちにおいで~」
涸沢、プールバーの屋根に上りさゆりをからかう。
蝶子、繍を抱きかかえ、部屋まで戻り繍をソファに寝かせる。
繍の猿轡や縛っている紐を取り外している。
さゆり、涸沢を追いかける。
さゆり「卑怯者! 降りて来なさいよ」
蝶子「さゆりさん、こっちに来てください」
さゆり、振り返る。
涸沢「さゆりちゃんていうんだ? かわいい。ほら、さゆりちゃん、こっちだよ」
涸沢、手を叩く。
蝶子「さゆりさん!」
さゆり「蝶子さん、すぐ行くから!」
さゆり、プールバーの屋根に上る。
涸沢に鬼刀で斬り付ける。
涸沢、鬼刀を手で止めて掴む。
涸沢「いっったいな~何これ?」
さゆり「え? なんで? 見えてるの?」
涸沢「だからさっきから何言ってるの? あ、もしかしてイカれちゃったとか?」
涸沢、自分の頭を指差す。
さゆり「あ・・」
繍の声「10年近く鬼と一緒にいれば、鬼と同化する。切り離せるのはおそらく亡くなるときだ」
さゆり「これが、同化してるってことなんだ・・」
涸沢、鬼刀ごとさゆりを引き寄せる。
涸沢「元気がある子は嫌いじゃないよ。でもこんなおもちゃ振り回すなんて危ないじゃん」
涸沢、さゆりの手首をひねり、鬼刀をさゆりの手から外し、捨てる。
涸沢「さゆりちゃん、あとで、繍君の目の前で犯してあげる。僕に逆らったらどうなるか教えなきゃね」
涸沢、さゆりに無理矢理キスしようとする。
さゆりが暴れ、涸沢に頭突きをする。
涸沢、頭を抑えながら離れる。
涸沢「いっってぇな・・」
さゆり、涸沢を睨んでいる。
涸沢、さゆりに思いっきり平手打ちをする。
さゆりがプールバーの屋根から落ちる。
さゆり、プールサイドのコンクリートに頭を打ちつけ、動かなくなる。
血が流れ始める。

〇回想・鬼龍家・和室(20年前・夜)
しずか(30)が目を覚ます。
体を起こすが、荒い呼吸をしている。
しずか、隣で寝ているさゆり(5)を見る。
しずかM「また・・同じ夢・・」

〇回想・広場(20年前)
しずか、子供たちが遊ぶ様子を見ている。
夢のことを思い出す。
X X X
(フラッシュ)
涸沢「繍君の彼女? 助けに来たの?」
X X X
さゆり、繍にじゃれついている。
しずかM「繍ってあの子か・・あんなになついてる・・引き離すのはかわいそうだけど、分かってほしい。なるべく鬼とは関係のないところで、生きてほしい」

◯回想・鬼龍家・和室(20年前)
龍が描かれた掛け軸がかかっている。
さゆり、昼寝をしている。

〇回想・同・和室隣室(20年前)
しずかとかよ(50)が向かい合って座っている。
しずか「お母さん、やめてよ。あの子に龍とか鬼とか吹き込んだでしょ。私は普通の子として育てたいって言ってるの。普通の家では、そんな会話しないから! 私が大人になってどれだけ恥かいたと思う?」
かよ「お前が何と言おうが、さゆりが龍女であることは事実だ。事実を隠してあの子を危険にさらすのは間違ってる」
しずか「危険危険て、そう言われて育てられたら、例え偶然だったとしても何か起きたときにそのせいにする子になるじゃない! お母さんの考えを押し付けないでよ。やっぱりお母さんとは分かり合えないと思う」
しずか、扉を開ける。

〇回想・同・和室(20年前)
しずか、入ってきてさゆりを起こす。
しずか「起きなさい。帰るわよ」
さゆり「やだ。まだここにいる!」
しずか、さゆりを強引に抱き上げ、家を出ていく。
かよ「龍女は龍女の定めあり。普通の生活はできっこない。今に分かる」
しずか、かよをにらみ、出ていく。
しずかM「お母さん、ごめんなさい。ただの悪夢だと思いたい。でも、ここにいたら、さゆりはきっと繍君と鬼退治をするようになる。そして・・」
しずか、さゆりを抱く手に力を込める。

〇回想・アパート・ダイニング(10年前・朝)
しずか(40)、さゆり(15)の朝食の様子をほほ笑みながら見ている。
さゆり「何? 私の顔に何かついてる?」
しずか「ううん、なんか幸せだなぁって思って」
さゆり「変なの」
さゆりが笑う。
さゆり「じゃ、後でちゃんと来てね」
カレンダーには「卒業式」と書いてある。

〇回想・鬼頭家道場・中(10年前)
国政としずか、向かい合って座っている。
しずか、鬼の入った袋を渡す。
しずか「いつもすみません。この子たち、よろしくお願いします」
国政「いつもありがとな。・・そろそろかよちゃんには本当のこと話したらどうかな」
しずか「いえ、言ったらまた怒るでしょうし。私は私のやり方で、人も、鬼も助けてあげたかったから」
国政「さゆりには本当に継がせないつもりなのか?」
しずか「ええ。あの子には、こういうこととは関係のない世界で生きて欲しいんです」

◯回想・しずかの夢(10年前・夜)
さゆり、プールサイドで血を流して倒れている。

〇アパート・しずかの寝室(10年前・夜)
しずか、目を覚ます。
荒い呼吸をしている。
しずかM「なんで?」

〇龍月神社・拝殿中(10年前)
しずか、正座している。
しずかの目の前には金色の龍がいる。
しずかの声「私は今まであなたの命でたくさんの人や鬼を救ってきました。さゆりの分まで頑張ってきました。それなのに、今となって足りないとおっしゃるのでしょうか?」
龍の声「そうではない。人には寿命というものがある」
しずかの声「龍女は、本来長生きのはずでしょう?」
龍の声「それは人間が勝手に言い出したことだ」
しずかの声「そんな・・ではなぜ私にあの映像を繰り返し見せるのですか? 何も出来ぬのなら、先見の目など意味がありません」
龍の声「それを決めるのはわしではない」
しずかの声「あの子を助ける方法はないのですか? 分かっているのに救えないほど辛いことはありません」
龍の声「寿命は、決まっている。ただし、人に与えることはできる」
しずかの声「・・分かりました。そういうことでしたら、私の寿命をあの子にあげてください。それならいいでしょう?」
龍の声「・・3年後、お前を迎えに来る」
龍、しずかを中心にとぐろを巻く。
しずかが目をつぶり、しばらくすると龍が消える。

〇涸沢のアジト・中
涸沢、プールバーの屋根に上っている。
涸沢「ほら、こっちにおいで~」
さゆり、涸沢を追いかけるが、急に勾玉が熱くなる。
さゆり「え? 何? 熱い」
さゆりの目の前に突然金色の龍が現れる。
さゆり「え? 龍?」
金色の龍、さゆりの正面でほほ笑んでいるように見える。
龍は天に向かっていくが、方向転換し、地上に急降下してくる。
視界が真っ白になり、轟音が響く。
耳鳴り。

〇HKロボティクス・社長室
アラート音が流れる。
誉、青ざめた顔でモニターを見つめる。

〇同・研究室
アラート音が流れる。
社員たち、一斉にモニターを見つめる。

〇蝶子の視界
アラート音が鳴っている。
「過電流検知。10秒後に安全装置作動」という文字と残り秒数が表示されている。
蝶子、プログラムを書き換えている。
残り秒数1秒のところで安全装置がリセットされる。

〇涸沢のアジト・中
さゆりの視界が次第に戻ってくる。
土砂降り。
近くの木がプールバーの上に倒れている。
涸沢、木の下敷きになっている。
赤い鬼が涸沢から離れ、歩いていくのが見える。
さゆりは鬼に気づくが、呆然として体が動かない。呼吸が荒い。
さゆり「あ、鬼・・捕まえ・・なきゃ・・」
耳鳴りで周りの音が聞こえない。
蝶子「・・・さん、さゆりさん!」
蝶子、さゆりの肩を掴んで呼び止める。
蝶子の口が動いているが、耳鳴りで何を言っているか分からない。
蝶子が繍を指さしている。
さゆりの耳鳴りがだんだん収まってくる。
蝶子「さゆりさんじゃなきゃだめなんです。このままだと先生が・・死んでしまいます」
さゆりM「え? なんで? 死んじゃう? 蝶子さん何言ってるの? 先生が、あの先生が、死ぬわけないじゃん」
さゆり、笑う。
さゆり「私、鬼、捕まえなきゃ。逃げられちゃう」
さゆり、鬼を目で探す。
焦点が合っていない。
蝶子、さゆりの肩を両手でつかむ。
蝶子「今は先生の方が優先です。しっかりしてください!」
さゆり、ゆっくり繍を見る。
繍は動いていない。
蝶子「私じゃダメなんです。人間じゃないから。人工呼吸ができないんです」
雨が蝶子の顔を伝い、涙のように見える。
さゆりの声「・・蝶子さんが、泣いているように見えた」
蝶子「いいですか? このままだと酸素が脳に回らなくて死んでしまいます!」
さゆりM「・・そんなの嘘だ」
蝶子、さゆりを繍の傍に連れてきて、しゃがむ。
蝶子、繍の気道を確保し、準備をする。
蝶子「さゆりさん、ここに息を吹き込んでください」
さゆり、蕁麻疹のことを思い出し、躊躇する。
さゆり「あ、でも蕁麻疹・・」
蝶子「今はこっちの方が大事です。早く」
さゆりが頷く。
さゆり、震える手で繍の鼻を押さえる。
繍の唇に自分の唇を重ねるが、冷たさにビクッとする。
息を吹き込む。
繍の肺が膨らむのが見える。
さゆりの声「恋愛ドラマでは、よくキスみたいに言われるけど、人工呼吸とキスは全然違った。先生の唇は冷たすぎて、そして、血の味がした。先生が、人形みたいに見えた。・・死が近づいている味がした」
蝶子「上手です。さゆりちゃん、もう一回」
さゆりがもう一度行う。
繍に変化はない。
蝶子が心臓マッサージをし、またさゆりに代わる。
蝶子「大丈夫。落ち着いて。もう一回」
もう一度息を吹き込む。
救急車のサイレンが近づいてくる。

〇HKロボティクス・研究室
アラート音は止まっている。
誉と社員、モニターを眺めている。
誉「一体どういうことだ?」
社員「分かりません。初めてのことで。001の安全装置が働いたため、アラートが出ました。ですが今は安全装置が解除されていることになっています」
誉「とにかく向かおう。準備をして駐車場に集合だ」
社員数名が頷き、出て行く。

〇涸沢のアジト・外
救急車に繍が運び込まれている。
蝶子、救急車の中にさゆりを押し込む。
蝶子、救急隊員に繍のケガの状態や持病の説明をしている。
説明の最中に蝶子から蒸気が出てくる。
さゆり、それを見て驚く。
救急車の後ろのドアが閉められ、動き出す。
さゆり、後ろの窓から蝶子の様子を見ている。
蝶子がゆっくりと倒れこむ。
さゆり、立ち上がるが、救急隊員に座るように言われる。
倒れている蝶子からは蒸気が上がっている。
さゆりの声「蝶子さんは、目の前で亡くなった。ロボットだから、そんな言い方変だって言われたけど、でも私の中では、蝶子さんは確かに生きていた」

〇同・周辺
上空から見た景色。
救急車、パトカー、消防車が集まっている。
木が倒れている様子。野次馬。

〇同・外
HKロボティクスの社員と誉、倒れた蝶子に駆け寄っている。
触ろうとするが熱くなっているため、触れない。
蝶子にシートをかけ、車に運んでいる。

〇病院・病室(夕方)
繍、病院のベッドで寝ている。
さゆり、病院の服を着てベッドの傍の椅子に座り呆然と繍を見ている。
正、慌てた様子で入ってくる。
さゆり、ゆっくりと正の方を見る。
さゆり「繍さんのお父さん・・」
正「さゆりさん、息子は・・」
さゆり「すみません。涸沢の家で、追いかけたんですけど、間に合わなくて、いっぱい、いっぱい殴られてて、プールに投げ込まれて、息してなくて、だから蝶子さんに言われて、私、人工呼吸、がんばったんですけど、まだ、意識戻ってなくて、すみません」
さゆり、頭を下げる。
肩が震えている。
正、さゆりに近づき、そっとさゆりの肩に手を置く。
正「さゆりさん、ありがとう。うちの息子がまた無茶したんだろう。君にそんな思いをさせるなんて、親として本当に情けない。さゆりさんまで危険な目に遭わせたね。怖かったろう」
さゆりが首を横に振る。
さゆり「私は大丈夫です。あと、繍さんも。お医者さんが言うには命には別条ないそうです」
正「・・」
さゆり、正を見上げる。
正が泣いている。
正「この短い期間で2人も大切な人を失うかもしれないと思ったら、こんなおじさんでも怖くてね・・安心したら・・このザマだ」
さゆり、立ち上がりハグをする。
正「ありがとう。君に慰められるなんて・・」
正が体を離そうとするが、さゆりが離れず背中をなでる。
さゆり「違うんです。私が今、こうしたいんです」
さゆりが体を離し、正の目を見つめる。
さゆり「来ていただいてありがとうございました。おかげで私、少し落ち着きました」
さゆりがほほ笑む。

〇HKロボティクス・廊下(夜)
誉、電話をしている。
誉「ごめん、しばらく帰れそうにない」
さゆりの声「蝶子さんのことですよね。私が止めなかったからです。本当にごめんなさい」
誉「いや、さゆりのせいじゃないよ。それより繍は?」
さゆりの声「お医者さんの話だと、命に別条はないみたいです。でも、まだ意識が戻ってなくて。しばらく私も病院で様子見ます」
誉「分かった。僕の母親にも連絡しておいたから。さゆりも無理しないでね」
さゆりの声「ありがとうございます。あの、誉さんも無理しないでください」
誉「ありがとう」
誉がほほ笑み、電話を切る。

〇経済産業省・会議室
守と誉、頭を下げている。
誉「申し訳ありません。私どもも初めてのケースでして、ただいま原因を調査中です」
職員「分かりました。至急原因究明と対策を必ずお願いします。それまではこのプロジェクトは延期です」
職員が立ち上がる。
誉、守が頭を下げている。
職員が出口に向かい歩いていくが、ドアの前で立ち止まる。
職員「これは、あくまでも私の意見です」
誉、守が顔を上げる。
職員「どうか御社にはこの危機を乗り越えていただきたい。日本は今まで世界でも経験したことのないほどの高齢化社会を迎えようとしている。少子化にも歯止めがかからない。医療現場も、教育現場も、保育の現場も、あらゆるところで人手が足りていない。携わる人のストレスレベルも急激に上がっている。その結果、起きてはいけない事故や、虐待が増えています。雇う側も、人材を選べないところまで来ている。このプロジェクトが成功をすれば、これを皮切りに色々な分野で人型ロボットの活用が進むでしょう。そしてこの技術は世界に輸出できる。こんなに可能性を秘めている事業を、ここで止めてはいけない。我々ができることであれば何でも協力します。ぜひ、諦めないでいただきたい」
誉、守が頭を下げる。

〇月溝市教育委員会・会議室
守と誉、頭を下げている。
誉「申し訳ありません。私どもも初めてのケースでして、ただいま原因を調査中です」
職員「もし子供たちのいる前で今回のような事態が起きたらどうするつもりだったのですか? 子供たちが万が一触って火傷してしまったら、責任取れませんよね?」
誉「仰る通りです。必ず対策を万全にし、このようなことがないようにいたします」
誉、守が頭を下げている。

〇病院・病室
さゆり、ベッドサイドの椅子に座って繍を見つめている。
かよ、政子、国政が慌てた様子で入ってくる。
かよ、さゆりを抱きしめる。
かよ「無事でよかった」
さゆり「おばあちゃん、心配かけてごめんね」
さゆり、国政と政子に頭を下げる。
さゆり「こんなことになってしまって申し訳ありません。命には別条ないって言われたんですが、まだ意識が戻ってなくて」
国政「正から聞いたよ。さゆりさんのせいじゃない。むしろ、繍が巻きこんでしまって申し訳なかった」
国政と政子、頭を下げる。
政子「さゆりさん、あれからほとんど休んでないんでしょ。ここは代わるから、帰って休んで。繍ちゃんの目が覚めたら、必ず連絡するから」
さゆり「でも・・」
かよ「こういう時は甘えなさい。それに、政子さんだって繍の親みたいなもんだ。代わってあげなさい」
政子「そうそう。本当にうちのやんちゃ息子が、ねぇ・・迷惑かけて・・」
政子、繍を見て笑いながら泣きそうになる。
さゆり、かよがお辞儀をして出て行く。

〇さゆりの部屋・寝室(夜)
さゆりのベッドにかよが寝ている。
さゆりはベッドの横に布団を敷いて寝ている。
さゆり「ねえ、おばあちゃん」
かよ「ん?」
さゆり「龍って見たことある?」
かよ「・・もしかして見たのかい?」
さゆり「うん。私、赤鬼を追いかけようとしたの。そしたら突然勾玉が熱くなって、目の前に金色の龍がいた。龍が落ちてきて、人が亡くなったの。悪い奴だったけど、私のせいで死んじゃったのかも・・」
かよ「・・おいで」
かよ、自分の横にスペースを空ける。
さゆり、かよの横に寝る。
かよ、さゆりをなでる。
かよ「鬼はね、寂しい人に憑くんだ。きっとその男も、寂しい人間だったんだと思う。寂しくて寂しくて、でもそれを埋められなくて、あがいているうちに、鬼と完全に同化したんだろう。完全に同化すると、人は寿命を迎えるんだ。さゆりのせいじゃない」
さゆり「・・」
かよ「私は今ね、猛烈に龍神様に感謝してる。『よくぞ、さゆりの暴走を止めてくれた』って。そのおかげで今さゆりがこうして生きている。悲しんでいようが、笑っていようが、怒っていようが、生きているってことは何にも代えがたい」
さゆり「おばあちゃん、『暴走』って・・ひどい・・」
さゆりが笑う。
さゆり「ありがとう。おばあちゃん」

〇HKロボティクス・会議室
誉と社員数名、モニターを見ている。
誉、立ち上がりマイクに向かい話し始める。
誉「蝶子、話せるか?」
蝶子「はい」
社員たちがざわめく。
誉「もう一度話せてよかった。僕の名前は言える?」
蝶子「鬼頭誉さん、HKロボティクス社の社長です」
社員たちが喜ぶ。
誉「今回の経緯を教えてほしい。なぜ、安全装置が切られた?」
蝶子「はい、私のご主人である鬼頭繍さんが、心肺停止の状態でした。その時近くに雷が落ちたため、その影響で私の体に電流が流れ、一時的に過電流の状態となり、安全装置が働きました。ご主人は危険な状態であり、救急車到着まで時間がかかることから、安全装置を解除し、救命措置を続けました」
誉「・・そういうことだったのか。ありがとう」
蝶子「どういたしまして。お役に立てて嬉しいです」
誉がスイッチを切るように指示をする。
モニターが消える。
会議室が静まり返っている。
社員A「これはこれでロボットのあるべき姿ではないですか?」
社員B「それでも、自分で安全装置を切ってしまうのであれば、安全装置の意味がない」
社員C「5年前だったら多分、安全装置を切ることすらできなかったでしょう。001は初期型だ。今回は初期型の001だから起きたのでは?」
誉「・・みんな、ありがとう。今回のことは、元はと言えば僕の従弟が無謀な行動をしたために起きてしまったことだ。この大事なときにみんなを巻き込み、会社の危機を招いてしまった。本当に申し訳なかった」
誉が頭を下げる。
社員たち、口々に社長のせいではないと言う。
誉「それに僕は001のことを信用しすぎてしまっていた。それはとても危険なことだ。今回は、皮肉なことに001の暴走のお陰で、従弟が命をつなぐことができた。それでも、やはり僕はこの001の行動は会社としてミスだと認めないといけない。今回はたまたま人命を救った。でも次は人命を危険に晒すかもしれない。安全装置は安全装置として作動して初めて意味がある。人命を救ったからと言ってロボットの暴走を認めるわけにはいかない。それに僕たちが今社運をかけているのは、人命救助目的のロボットではない。人の生活に溶け込み、共存するためのロボットだ。何があっても危険な行動を止める責務がある」
誉が材料部長を見て、頷く。
誉「そこで、ポイントとなる部分には44℃で融解と冷却が始まる新素材を取り入れることにしたいと思う。これなら、いくら安全装置を解除したとしても、強制的に動作を止めることができる。みんなの意見を教えてほしい」
会議室が再び静まり返る。
社員B「私は賛成です。今回、もし001の体が人に触れていたら、多分火傷をさせていました」
社員A「でも、融解ということは? 今回のようにデータが取り出せなくなるのでは?」
誉「それについてはアラートを40℃に設定し、アラート発出の時点でクラウドに蓄積データのコピーを開始しようと思う」
社員C「今回のように001が倒れることも想定し、万が一下敷きになる人がいたとしても隙間ができるよう、融解時の体の形を変えるようにしませんか」
誉「そうだね。この機会に他のリスクも洗い出して改善しよう。明日からしばらくは毎日朝10時に進捗状況を報告してもらう。みんな、よろしく」

〇誉の車・車内(夕方)
誉が疲れた顔をしている。
誉「屋代さん、ごめんね。迷惑かけて」
屋代「いえ、迷惑など。何より従弟の方の命が助かって良かったと思っております」
誉「うん。本当に良かった。でもやっぱりみんなに迷惑かけたのは辛いよ」
屋代「大丈夫です。社員も皆分かっています。今回のことは、必要だから起きたのだと思います。南ちゃんのプロジェクトが始動し、小学生同士でもし今回のようなことが起きれば、大事故につながっていたかもしれません。正しいことをしていれば、必ず道はつながっていきます」
誉、頷く。

〇病院・病室(夕方)
誉、入ってくる。
さゆりが立ち上がる。
さゆり「誉さん・・」
誉、さゆりを抱きしめる。
誉「ごめんね、すぐに来れなくて。さゆりが無事で本当に良かった」
さゆり「あ、私誉さんて言ってた」
さゆり、誉を見て笑う。
政子が花瓶を持って入ってくる。
X X X
(フラッシュ)
若い頃のしずかと匡、抱き合っている。
X X X
政子、花瓶を落とす。
政子「あ、ごめんなさい。来てたの、誉」
誉「あ、母さん。大丈夫?」
誉とさゆり、花瓶を片付けるのを手伝う。
政子の手が震えている。
誉、政子の手を摑む。
誉「ごめん、さゆり、ここ頼んでいい?」
さゆり「うん」
さゆりが心配そうに見送る。

◯同・談話室(夕方)
政子が座っている。
誉、自販機で飲み物を買い、テーブルに置き、座る。
誉「参ったわ〜 繍にやられた。母さんもごめんね。今寺も忙しい時でしょ。来てくれて助かった」
政子「ううん、誉は大丈夫? だいぶ疲れてるみたい」
誉「まあね、でもとりあえず今やらなきゃいけないことはやったし、今日は社員も帰らせた」
政子「そう、良かった」
誉「また落ち着いたらうちにも来てよ。和泉も待ってる」
政子「和泉様ね! あんなに完璧な執事ロボットはいないわ~ またお義母さん連れて執事カフェごっこしに来なきゃね」
政子が笑顔になる。
見つめる誉。
誉「良かった」
政子「・・ごめんね、さっきは。あんたのことだもの。黙っててもどうせばれるし、だから話すけど・・動揺したの。匡さんとしずかさんを思い出して」
誉「?」
政子「あんたのお父さんとさゆりさんのお母さん、昔付き合ってたのよ。結婚するはずだった。でも私が奪っちゃった。まさか今になって誉を奪われる立場になると思わなかった。似てるわ、あの子。しずかさんに。顔っていうか、雰囲気かな。やっぱ親子ね」
誉「・・」
政子「でもあんたたちには関係ないことだから。もし私が嫁いびりしたら、止めてよね」
誉「嫁って・・」
政子「え? 結婚するつもりなんじゃないの? あんたが同棲するなんてよっぽどでしょ」
誉「まあ、でも付き合い始めたばっかだし。今は結婚とか考えずに一緒にいたいと思ってる」
政子「私が言うことじゃないけど、チャンスは一瞬よ。奪われるのも、奪うのも一瞬。恋愛は狩りよ。狩り。のんびりコツコツしてたら、一瞬で全部奪われるから」
誉「それは母さんの価値観でしょ」
政子「まあね。でもあんたには幸せになってもらいたいのよ」
誉「分かってる。ありがとう。でも母さんから奪うなんてセリフ出るなんて、びっくりだよ」
政子「アハハ、今じゃ想像もできないでしょ」
二人、笑う。

〇同・病室(夕方)
誉と政子、入ってくる。
さゆり「あの、大丈夫ですか?」
政子「さゆりさ~ん、心配かけてごめんね。まさかこの子がハグなんてする子だって思わなかったからびっくりしちゃって。韓国ドラマの見過ぎで私の目がおかしくなったのかと思っちゃったわ」
さゆりが笑う。
誉、繍に近づき顔を見る。
誉「うわ・・ひどいな」
さゆり「これでもだいぶマシになったの」
誉「相手は?」
さゆり「亡くなった・・近くの木に雷が落ちて、倒れてきたの。その下敷きになって・・」
誉「さゆりはそこにいたんだ?」
さゆり「うん」
誉「・・」
政子「とにかくさゆりさんは無事だったんだし、ね、今日は誉もせっかく早く終わったんだから帰ったら? さっき看護師さんにも、『もう付き添いしてなくて大丈夫』って言われたし。お母さんも近くのホテル借りたから、まだ1週間くらいはいるつもりだし、ね」

〇誉の車・車内(夕方)
誉とさゆり、後部座席に座っている。
誉は外を見ているが、さゆりの手を握っている。

〇誉のマンション・玄関~リビング(夕方)
誉が玄関に入り、後ろからさゆりを抱きしめる。
壁にさゆりを押し付け、荒々しくキスをする。
誉、さゆりの服の中に手を入れる。
さゆり、体をよじる。
さゆり「・・誉、やめて」
誉は構わず続けようとする。
さゆり「こんなのいやだ。ねえ、誉。やめて」
誉、さゆりを見つめる。
誉「・・ごめん」
誉はうつむいたまま靴を脱ぎ、リビングに入りソファに座る。
さゆり、服を直してから誉を追いかけ、隣に座る。
誉「大丈夫だと思ってたんだ。でも実際に繍を見たら・・(泣いている)どうにかなりそうだ。さゆりがもしあんな目に遭ったら、僕はきっと気が狂う」
さゆり、誉の顔を両手で包み、見つめる。
さゆり「見て。私はここにいるよ。生きてるし、元気。ね、シャワー浴びてきてもいい?」
誉、ほっとした顔で笑う。
誉「僕も一緒に行く」

〇同・浴室脱衣所(夕方)
脱いだ服。
シャワーの音。
誉とさゆりの笑い声が聞こえる。

〇同・誉の寝室(夕方~夜)
誉とさゆり、ベッドで寝ている。
時々目を覚まして、その度にキスをしている。

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